戦争と平和、その270~悲願㉚~
「ああ、柄にもない。本っ当に、柄にもないことをやっているよ。キレた剣帝を前に一人で立ち塞がるなんてさぁ。
だけどこっちにも意地があるんだよね。修行の時からやられっぱなしなんて、さすがにプライドが許さないんだよ!」
ドゥームはありったけの悪霊を周囲に集めると、ティタニアの着地に合わせて解き放った。
***
「な、なにがあった?」
「剣帝が現れて、それから・・・」
賢者シェバの弟子である四人の女魔術士は、ティタニアとドゥームの戦いから逃れていた。はじき出されたと言った方が正しいだろうが、ティタニアがドゥームを追いかけた瞬間に辛くも彼女たちは反対側から飛び降りて逃げだした。とてもではないが、それ以上一瞬たりともその場にいることは死につながると考えたのだ。
そして彼女たちが着地したのは地面ではなく、柔らかい物質だった。足元を見ると、絨毯の上に座しているのだ。上空でひらひらとした薄い布の上で気絶していたことに気付き、彼女たたいは落下の恐怖と安堵に包まれた。この魔術を扱う者は彼女たちの知る限り、只一人。
「シェバ様!」
「おやおや、ひよっ子どもが泣きそうな面をしよってからに」
そこには絨毯の上で胡坐をかいて煙草を吹かす老女がいた。齢は見た目で70過ぎ、実年齢では100を超えるとも言われている賢者シェバ。
シェバはゆっくりと煙草を吹かしながら、彼女たちを諭した。
「困った弟子たちだよ。傭兵として依頼は受けていいと言ったけどねぇ、もうちょっと危険度は把握すべきだねぇ」
「でもでも~、私達が四人いれば大概大丈夫じゃなぁい?」
「そうだぜ婆、辺境の幻獣だってアタシたち四人で討伐したんだ。幻獣が討伐できて、人間がやれねぇはずがねぇさ」
「ふぅ、血気盛んなのはいいんだけどねぇ。白藤を見な」
先ほどから無言の白藤をシェバが指さすと、両腕が音もなくずるりと落ちた。吹きだす血と、苦痛で声も上げられない白藤を見て他の三人が慌てだす。
「躱し損ねたね」
「白藤ィ!」
「た、大変。おてて、くっつけないとぉ」
「白藤、まだ死ぬんじゃないよ!」
「まだ慌てなくて大丈夫さ。ほれ、それぞれ腕を持って傷口にくっつけな。ちょいと痛いよ、白藤」
白藤は気力でシェバの言葉に頷くと、痛みに耐えて正座した。そしてシェバがその両腕を添えると、召喚で粘液上の何かを召喚した。
「老師、それは?」
「特殊な粘液生物さね。そら」
粘液生物が傷口に取りつくと一瞬白藤の表情が苦痛に歪んだが、しばらくして穏やかな表情となった。そのままシェバは白藤に何かを嗅がせると、白藤は穏やかな寝息をたてて寝始めた。
「ガルチルデ、まだゴーレムは使役できるね?」
「ええ、まだ問題ないわ」
「ならこのまま白藤を運んで安全圏まで退避しな。この粘液生物が一日もくっついてりゃ、傷も治るだろうよ。アルネリアにゃ決して見せるんじゃないよ?」
「老師、それはどういぅこと?」
クランツェの問いかけにシェバは口に指を当てて黙した。クランツェは察する。おそらくは、この会話も筒抜けになっている可能性があるということだ。それが誰なのかはわからないが。
そしてシェバはそのまま宙に浮かぶと、下で戦うドゥームとティタニアを見つめる。ヴァルガンダが心配そうに問いかけた。
「婆ァ、どうするつもりだ?」
「おや、心配してくれるのかいヴァルガンダ。相変わらず口調と違って優しい子だね」
「う、うるせぇ! とっととくたばりやがれ、妖怪婆ァ!」
「残念ながらくたばりゃしないよ。それよりも、可愛い弟子たちをいたぶってくれた礼をしとかないとねぇ」
シェバはそれだけ告げると、弟子たちを絨毯の上に残してするすると落下していった。そして同時に手をかざすと、空飛ぶ絨毯は高速でその場を離れ、あっという間に見えなくなった。
シェバは思う。
「(最初アルネリアはこちらに依頼を寄越し、断ったとなるとそれぞれ別の依頼口で弟子共に依頼を出しやがった。あれら四人が弟子だってのはゼムスにすら言っていないんだけどね、どこで知ったのやら不気味だねぇ。そして結局アタシを引き出すことに成功した。最初から目的はアタシなんだろう? いいじゃないか、アルネリアのどいつかは知らないが、企みに乗ってやろうじゃないのさ。
それに、こっちも剣帝には多少興味もあるんだ。そこまで剣に生きながらオーランゼブルに見いだされるほどの魔術士って話じゃないか。どんなものか興味があるのさ。もっとも、見当はだいたいついたけどね)」
シェバは少しだけ笑うと、穏やかな表情のままゆっくりと絨毯ごと落下していった。
続く
次回投稿は、12/19(水)6:00です。




