戦争と平和、その269~悲願㉙~
「なんだありゃあ・・・」
ティタニアの周囲には漆黒の球体が3つ浮いていた。人の頭よりも少し大きな程度の球体。それがふわふわと浮き、揺蕩っているように見える。
「浮いて・・・いや、回転しているのか? リサちゃん、何さあれ」
「知りませんよ。私が感知したことのない、未知の物質です。と、いうより」
センサーが吸収される、と言いかけてリサは止めた。センサーを吸収するとなれば、答えは限られる。それは闇。リサにとって感知しようのない、闇である。
そしてもしそれがドゥームの言う通り、高速で回転しているのであれば――リサは一つ嫌な想像をした。
「ドゥーム。あなたにものを頼むは癪ですが、ここは一つ全員で逃げる算段をした方がよさそうです」
「・・・言われなくてもそうするつもりだよ。あれはヤバイ。デザイアのことがなかろうが、本能的にヤバイものだとわかる。くそっ、なんだってんだよ」
「ドゥーム」
突然響いた言葉に、ドゥームがびくりとした。いや、ドゥームだけではなく、その場の全員が身を竦めた。それもそのはず、声の主はティタニアだったからだ。
気が付けばティタニアが彼らの目の前にいた。どうやって4階建て集合住宅の屋上に上がって来たのか。いや、それよりも先ほどの位置からでは来るのが早すぎると全員が思った。
リサだけがその方法を理解していたが、わかっていても未知の領域の出来事である。
「(さきほどの球体――いえ、変形して円盤のようになった武器に、乗ってきた?)」
リサはいますぐにでもここから去りたい衝動に駆られたが、おそらくは動いた者から順に殺されることがわかっていたので、そのままじっと身構えていた。
そうするうちに、ティタニアがドゥームに詰問する。
「ドゥーム、さきほどの結界はあなたが?」
「・・・まぁ、僕の仲間が、だけどね。いい悪夢見れた?」
「ええ、とても良い夢を」
その時笑ったティタニアの顔がとても穏やかであまりに美しかったので、ドゥームも周りの人間たちも、今まで感じたことのない恐怖に駆られた。
ティタニアが黒い球体を頭上に集める。
「久々に私の原点を思い出しました。あれほどの怒りを思い出したのは久しぶりです。おかげさまで、今ならどんな倫理にも縛られずに、残酷になれそう」
「はっ、今まで攻め寄せた砦や要塞の人間を皆殺しにしてきた女が、よく言う」
「一応、これでも選んできたのですよ? これでも、武器を持たぬ人間を殺めることはなかった。でも、今なら――そう、今なら誰彼関係なく、気の赴くままに殺すことができる。
だって、一番大切な人たちも望みも希望もを失った私にとって、もう誰が生きてようが死んでようが関係ないのですから。
ドゥーム。あなた、いつか一度死んでみたいと言っていましたね? 今なら叶えてあげられそうですよ?」
「そりゃあ魅力的なお誘いだけど、今はちょーっと困るんだよねぇ」
ドゥームが心底困り顔をした。本当に自分を殺せるかどうかはわからないが、確かに存在してから今が一番死の気配を感じている。
ドゥームがいかに動くべきかを決断する直前、その場に場違いな陽気な声が響いた。
「おい、ドゥームよぅ。仕込みは上手くいったぜぇ・・・あれ?」
「さすが空気を読めない男だぜ、グンツ!」
ドゥームは自分の体を靄へと変形させ、ティタニアの視界を塞いだ。ティタニアが靄を一瞬で切り裂くが、その隙にもドゥームはリサの手を取り、グンツに引き渡していた。グンツもまた一瞬で修羅場と読んだのか、足を変形させ屋上から飛び降りていた。
「なんだってんだよ、こりゃあ!?」
「話は後だ、リサちゃんを安全圏まで連れ出せ!」
「はぁ? なんで俺がそんなこと――」
「つべこべ言うな! 説明している余裕はない!」
ドゥームの左腕がなくなっていた。傷口から闇が漏れ出て、空中に散っていく。その様子を見て、グンツもまた判断が早かった。
「こんなところで死んだら、ぶっ殺す! まだ楽しんでねーぞ、俺は!」
「言ってる事が矛盾してるよ? 行け!」
「ちっくしょう、恰好つけやがって!」
「ドゥーム、あなたまさか戦う気――」
リサが何かを言いかけたが、グンツがリサを強引に連れ去った。それを見てドゥームは薄く微笑みながら、降りてくるティタニアを迎えうっていた。
続く
次回投稿は、12/17(火)6:00です。