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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その268~悲願㉘~

「――なるほど、幻惑の種類を変えてきたか。肉親で来るとは」


 ティタニアの目の前には、優しかった在りし日の父と兄二人の姿。剣の師であり、ティタニアにとって最も幸せだった日々の思い出。だがしかしティタニアは優しく微笑むと、その三人すらも瞬断した。


「笑止。この程度で歩みを止めるようであれば、千年も迷い生きたりはせぬ。私を止めたくば――」

「実の親と兄を殺したな。この鬼子め」


 肉親の幻を滅し気概を吐くティタニアの前に、さらに幻が現れた。だが今度は姿がなく、声だけだ。


「使命はどうした」

「貴様らが我らの希望であったのに、女ごときがそれを台無しにしよって」

「貴様らが収集した武器をどこにやった」

「なぜ父と兄を殺した」


 声は霧の中から響くように連鎖する。怨嗟の声は途切れることなく、姿なくティタニアを批判し始めた。

 声を聞かぬように努めたティタニアだが、声は耳を塞ごうとも直接頭の中に響いてきた。


「(調子に乗って霧を吸い過ぎたのか? 声が途切れませんね)」

「どうして兄を殺したぁ? 父は病だったかもしれんが、兄2人は健勝だったろうに」

「2人は剣の天才でもあったぁ。どうしてそれを殺すことができたぁ?」

「うるさい! 私は幼少の頃より3人と旅を共にし、戦い方を学んだのだ! 成人を前に既に3人を超えていた! それは父も兄も認めていた!」


 ティタニアは思わず反論してしまった。だがそれがいけなかった。この霧はティタニアの経験と心象風景を元に形作られる。反論したり否定すれば、より幻と霧は深くなり、力を増す。

 ティタニアを非難する声がさらに増えた。


「なればこそ、どうして殺した!?」

「そうだ、貴様ら3人が一族を盛り立てればよかったのだ!」

「それなのに貴様らが死んだせいで全て駄目になった。一族の面目丸潰れだ!」

「父は病ゆえ、介錯を望んだ! 全ては旅を滞りなく続けるための、父の判断だ! 上の兄は武器に魅入られた。ゆえに下の兄と二人で打倒した! 下の兄は――」


 ティタニアは一瞬言葉に詰まった。下の兄を殺した理由は誰にも告げたことがない。一族に捕えられ、拷問されても決して言わなかったのだ。

 ティタニアにとっての、最も禁忌に等しい場所。だがそれすらこの霧の中では無意味になることを、ティタニアはわかっていなかった。


「・・・『女』であることを望まれたからか?」

「な――に?」

「そうよなぁ? 宗家に女はお前ひとり。お前の両親も従妹同士だったのものなぁ。それがしきたりだぁ」

「だがお前に近しい親族は病と旅路で皆死んだ。濃い血を残すのはお前ら兄妹しかおらぬものなぁ?」

「お前の兄はわかっていたぞ? だからこそお前たち二人きりになった時――」

「黙れ!」


 ティタニアの顔が憤怒に燃える。その先は兄の名誉を汚す。気高き剣士だった兄の名誉を――容易く霧は踏みにじった。


「お前の体に夢中になる兄を殺したぁ」

「隠し持っていた武器で、不意をついたぁ」

「惚れた男と一緒になる。そんな女の願いが、兄を殺したぁ」

「だがその願いも、我々に踏みにじられたぁ」

「可愛かったぞぅ。ぴいぴいと我々に辱められて泣くお前はぁ」

「全て運命と受け入れ、場末の娼婦でもやらぬ淫らな行為をするお前は可愛く憐れだっ――」

「黙れ」


 ティタニアの声が静かに響いた。そして同時に怒りと闘気、殺気が吹きあがり霧の声を遮った。いや、怒りが振り切れたがゆえに、霧がティタニアの心情と記憶を反映できなくなったのだが、怒れる剣帝にはもはや言葉は届かない。

 ティタニアは既に無言となった霧に向けて一つの武器を取り出し、装着した。


「確かに私は一族の使命など背負う器ではなかった。剣の才能はあるとわかっていたが、使命とは別物だった。

 武器を眺めるのが好きだった。作った者が、使った者が、武器に懸けられた想いが伝わってくるのが愛しかった。だがこの武器を見て、考えが変わったのだ。この世に存在する武器に勇者とか、魔王とか、そんな領域の話ではないものがあったのだ。そして兄たちは気が触れた。我々は力を求めるがあまり、人間が入ってはならぬ領域に踏み込んでしまったのだ。

 一族の使命を果たそうともせず、武器の本当の意味すらわからぬ愚物どもめ。貴様らに我々親子を非難することなど許さぬ。この武器にて永久に滅してやる!」


 ティタニアが危険なあまり、使用を躊躇っていた武器を目覚めさせる。そして――


***


「・・・ドゥーム、まずい」

「どうした、デザイア?」


 結界を発動させていたデザイアが突然目を開け、ドゥームに危険を訴えた。その首筋には汗がつたっている。悪霊が汗をかくとはおかしな話だが、人間であったことの経験が反映されているのだろう。

 だがドゥームには、人間を恐怖させるための集大成ともいえるデザイアが怯えている様に見えた。


「ティタニアがどうかした?」

「最後の呪印を解放させた。でもそれだけじゃなくて――あの武器はまずい」

「どうまずい?」

「関係ない、悪霊とか魔術とか魔王とか――そこにいるもの、全てを殺すための武器!」


 そうデザイアが告げた瞬間、霧が爆発した。そしてその場にいた者たちの視線が集まると、霧が裂かれ、ティタニアが外に踏み出してきた。霧はもはやその形を維持することが不可能なのか、霧散していく。そしてデザイアもまた体がずるりと切り裂かれ、姿が薄くなっていった。


「おい、デザイア?」

「ごめん、ドゥーム。ちょっと限界だから、休ませて。そうしないと、消えちゃう――」


 それだけ告げると、デザイアはいち早く闇の中に姿を隠して消えていった。慌てぶりからして、本当に消滅手前なのかもしれない。

 そしてドゥームは一瞬でそこまでデザイアを追い込んだティタニアの武器を見て、驚愕した。



続く

次回投稿は、12/15(土)6:00です。

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