戦争と平和、その261~悲願㉑~
「二人とも、動くな」
突然目の前に少年が出現した。驚きで一瞬硬直したジャバウォックとロックルーフだが、それ以上にこの少年が差し止める手から受ける圧力で指一本動かせない。
こんな感覚は千年以上受けたことがない。まだ彼らがか弱き魔獣だったころ、遥か強者に遭遇した時のことを思い出した。二人は、口を開くのがようやくだった。
「ぐ・・・動けねぇ」
「何者、だ?」
「私が何者かはどうでもいい。まぁ、強いて言うなら今はただのしがない果物商人だな」
少年はやや自嘲気味に笑うと、すっと手を下ろした。その瞬間、ジャバウォックが突撃する。
「殺す!」
「やめろ、ジャバウォック!」
ロックルーフが止める暇もなく、ジャバウォックの爪が少年を八つ裂きに引き裂いた。その勢いで周囲の建物まで引き裂いてしまうジャバウォック。ロックルーフが取り返しのつかないことをしたという焦燥感に駆られた瞬間、突然周囲が元に戻った。
当然、少年の姿も。そしてジャバウォックもまた元の位置に立ったまま、爪を出しかけているところだった。二人の体中から汗が噴き出す。何をされたかわかったからだ。
「テメェ、何しやがった?」
「まさかとは思うが、時間遡行なのか?」
「解釈は任せよう。だがこれで実力差はわかったな? 私は動くな、と言ったぞ?」
少年の言葉を今度は二人とも大人しく聞いた。とりあえず殺すつもりはないようだし、どのみち動くことは無意味だと悟ったからだ。
ジャバウォックも大人しくなったところを見ると、少年は話し始めた。
「結構。ようやく話ができるな」
「要件は何だ?」
「簡単な話だ。ここでティタニアを殺すのはやめておけ」
その言葉にジャバウォックとロックルーフは顔を見合わせた。
「それは出来ねぇ相談だ。俺たち古き者にとって、『契約』という言葉は何より重い。お前もそのくらいの力を持つならわかるだろ?」
「我々は力を持つがゆえに、交わした契約を履行する義務がある。我々はシュテルヴェーゼ様共々、契約をした。一度だけ目的とした対象を打倒することをな」
「その契約が正式な物ならばそうだが」
少年の言葉にロックルーフが首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「契約主はミリアザールだ。だがお前たちに依頼をしたの誰だ?」
「それは・・・いや、待て。どういうことだ?」
「意味はお前たちで考えるがいいさ。だが確実なのは、お前たちがここで暴れれば、平和会議は中止になるということだ。ティタニアもそうだし、その後に出て来るペルパーギスもお前たちとて静かに倒せるような相手ではないだろう。このような都市内でお前たちが力を振るうのは、破滅的行為だ。
事実、先ほど私を殺そうとした時に周囲が被害を受けたな? お前たちの力は強すぎるのだ」
「それは・・・確かに」
これにはジャバウォックすら同意した。そのことはジャバウォックとてわかっていたはずなのに、依頼を受けてしまった。その判断のあやふやさに、ジャバウォックもロックルーフも動揺が隠せないようだった。
少年は重ねて念を押した。
「エンデロードにも言ったが、お前たちは極力動かない方がいい。契約したことは仕方ないだろうが、きちんと動く時と場所を考えろ。私にはそのくらいしか言えない」
「待て、エンデロードと言ったのか? お前はエンデロードも知っているのか?」
「まぁそうだ」
「俺たちにどうしてほしい?」
ジャバウォックの言葉に、少年は真面目に答えた。
「ただ己の頭で考え、確固たる自己を持て。そのくらいしか言えることがないし、言えない。私にはそこまでの言葉が限界だ。
もう一つ言えるのは、もうこの大陸の運命という盤面を動かすのはお前たち古き者どもでも、古竜や真竜ですらない。だれが盤面を動かしているのか、よく考えるがよい。そいつこそが、お前達が本来止めるべき相手だろうな」
「待て、曖昧な言葉を――」
ロックルーフが少年の肩を掴んだ瞬間、少年の姿は砂となって散った。何が起こっていたのか理解を超えた自体に呆気にとられた二人は、しばし契約も忘れてその場に立ち尽くしたのだった。
続く
次回投稿は、12/1(土)7:00です。