戦争と平和、その255~悲願⑮~
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一方、ティタニアを目視したスピアーズの姉妹三人は、少々困惑していた。
「なんだありゃあ? なんで神殿騎士団のガキがあそこにいやがる?」
「ティタニアとはどういう関係なのでしょうね・・・」
「どうす、る?」
三姉妹はそれぞれ顔を見合わせた。
「そりゃあおめえよ、アルネリアからの依頼でアルネリアの関係者をやっちまったらまずいことくれぇ、俺でもわかるぞ?」
「当り前ですわ。しかもあそこにいるのはバネッサ。ハムネットを手玉にとるほどの相手と、同時に相手にするのは馬鹿げていますわ」
「それ、に、ティタニアが黄金、の剣を持ってる。多分本、気。少し様子、見よう」
ハムネットの言葉に、暴走し気味のセローグレイスとリアシェッドも頷いた。彼女たちの脳裏にも、かつて戦った剣帝の強さは刻み込まれている。完全覚醒状態の四姉妹で、ようやく有利になるかどうかという相手。しかも長女キュベェスがいない状態で戦うとなると、戦力としては全力の五割にも満たない。
せいぜい足止めが限界だろうことは予測がついているが、それでもこの損な役目を受けたのはアルネリアとの契約以外にも、彼女たち自身も腕試しをする必要があると考えていたのだ。弱い魔物を狩るだけでは、かつての実力は戻ってこない。
セローグレイスは頭をわしゃわしゃとかいていた。
「あーっ! あれこれ考えるのは性に合わねぇ! 突貫すんぞ、オラ!」
「そう言っていきなり細切れにされたのが何年前でしたかしら?」
「るせぇ! お前は20回ほど細切れにされたろうが! 俺は19回しかされてねぇからな!」
「なっ、あなたの尻ぬぐいで何度細切れにされたと思って!?」
「知るか!」
「僕、16回・・・」
ハムネットが得意げにほくそ笑んだので、その両頬をセローグレイスとリアシェッドが引っ張った。
「痛い」
「くそっ、再生できるっていっても痛みがないわけじゃねぇんだぞ」
「ごたくはそのくらいにして行きますわよ。あまりアルネリアに見せたくはありませんが、本気の武装ですわ」
リアシェッドは身の丈近い大刀2本、セローグレイスは大金棒、ハムネットは腰で回す種類の大型戦輪を複数取り出していた。
「バネッサが下がりやがるぜ」
「好都、合」
「剣帝と真剣勝負ですわ。う、腕が鳴りますわ」
「けっ、声が震えてるぞ?」
「あなたこそ、膝が笑ってますわ」
「どうでもい、い。仕掛け、る」
リアシェッドとセローグレイスが言い争う間に、ハムネットが戦輪を4本同時に放り投げ、戦いの火ぶたが切られた。
***
ジェイクを抱えて戦いの場を離れるバネッサの背後から、戦闘のけたたましい音が聞こえていた。互いに武器は大物。特にスピアーズの妹たちは大型魔獣を好んで狩り、長女キュベェスの食料にすると言われている。そのため扱う武器も大型のものになるそうだ。大草原のギガノトサウルスすら狩って食料にする、怪力かつ大食漢の姉妹たちである。本気で暴れれば周囲一帯の建物が崩壊するだろう。
「かつ、不死身の相手。それを三体同時に相手にするとか、どちらが怪物なのかしら。だけど、それと戦ってみたいと思う私も十分頭がおかしいかもね」
バネッサが苦笑する。血が騒いだのは久しぶりだ。母のために金を稼いでいる頃とは違い、どこか自暴自棄な自分がいることは知っている。老後の資金は正直たっぷり貯めている。もう今すぐ暗殺も傭兵業も廃業しても、一生遊んで暮らせるくらいの金は手に入れている。
だがどうにも自分は物欲が薄いらしく、感覚は小市民のそれと変わらないと自覚している。酒は働いた後でないと美味くないし、一日誰とも話をしないと気が滅入って鬱になりそうだった。そのくせ依頼となると、先ほどまで談笑していた相手ですらゴミのように始末できる。執着のなさが欠点だと、バネッサは自分で自覚している。
その自分が戦いたいと興味を覚えた相手、ティタニア。この縁を大事にしたいと思う。そしてこの手の中にいる、将来楽しみな少年騎士。だが彼が成長する頃、自分は果たして全盛期なのか、はたまたこの世にまだいるだろうか。それに彼とは縁が薄い気がする。
もしこの少年に戦ってもらえるとしたら、おそらくはティタニアを狩るほどの怪物である必要があるだろう。なんだ、まだこの世にも楽しみなことがあるではないかと、バネッサが少し期待を持った時である。
バネッサは、向かいから歩いてくる人影に気付いた。
続く
次回投稿は、11/19(月)8:00です。