戦争と平和、その252~悲願⑫~
「貴様も十分な屑だ! 恥を知れ!」
「知る恥はござらんな。拙者、申した通り武士ではなく素浪人なもので。拙者は飯が食えるなら、どんな下衆な行為でも無茶な行為でもやるでござるよ。
そう、頼まれれば統一武術大会で優勝を狙うこともするでござる」
「何?」
確かに、残された競技者の中にこの男の名前もあったかもしれないとうっすら思いながら、男の意識は薄れていった。失血による意識混濁だ。痛みは怒りで塗りつぶされていたが、それも徐々に薄れていた。
男が何もできぬうちに、伝蔵は目の前で封を開け始めた。
「ええと、一人殺せたら小判で5とのことでござったが・・・よく考えると、この大陸では小判は即金で使えんのではなかろうか。むぅ、これは困った」
「小判で5、だと?」
以前なら東の大陸の通貨は価値が高かったが、鬼が席巻してからは価値が下落し、小判では100枚積んでも平均的なこちらの月収に届かないはずである。そのようなはした金が自分の命の価値かと思うと、男は最後の力を振り絞って一矢報いるつもりで地面をかいた。
「おのれ、おのれぇええ!」
「うるさいでござるよ」
死にゆく男の最後の集中力が見せたのか、伝蔵が手を抜いたのか。伝蔵の抜刀の軌道が見えたが、それは同時に男にとって死の剣閃だった。
男が三枚におろされたのと同時に、その場にもう一人別の人物がやってきた。
「やあやあ、これは素浪人殿。相変わらず見事な御手前」
「・・・まさか『軍団』でござるか? もしや『将軍』殿でござるかな?」
「いやいや、私はただの『中隊長』ですよ。将軍などと、とてもとても」
中隊長と呼ばれた男は謙遜したが、相対する伝蔵の方が警戒しているようだった。体を半身のまま、刀に近づけた手を離さない。
「貴殿もバスケスに依頼されたクチか?」
「そうそう。ちょっとばかりムカつく手合いがいるので、手を貸してくれないかと。本当に気に食わぬのであれば一人で動く男だが、こうして救援を頼むあたり手ごわいとみたのだろうなぁ。
事実この男もそれなりの手練れだった」
中隊長の手には男の生首があった。どうやら拳を奉じる一族の一人を仕留めたらしい。
どうやら今回、『中隊長』は敵ではないらしい。かつて軍団とは何度も戦場で戦った相手だが、その得体の知れなさが常に不気味な相手だ。何人いるのやら知らないが、何せ一度たりとも同じ相手と戦ったことがない。
そして『大隊長』以上は全て化け物だった。噂では、『将軍』と呼ばれる集団の長は勇者ゼムスと互角に渡り合ったとか。ゼムスがその強さを見込んで仲間にしたと聞いていたが、バスケスにもつながりがあるとは思っていなかったのだ。
だが仲間であれば、確かに頼りになる連中ではある。
「他に仲間がいるのでござろうか」
「我々だだろう。これ以上仲間を呼ぶと、バスケスの出番そのものがなくなるだろうからな」
「ふむ、それもそうか」
「時に素浪人、お主知っておるか? 『盗賊』バンドラスが不覚を取ったのは、神殿騎士団の少年らしいぞ? 加えて、『戦士』アナーセス、『魔術士』ダート、『商人』ヤトリをやったのも少年ではないかということだ」
「ほほぅ?」
伝蔵の耳がぴくりと動く。その反応を見て『中隊長』は続けた。
「その神殿騎士団の少年だが、我々の情報が正しければ剣帝が懇意にしている少年ではないかということだ。お主の趣味にあれこれ言う気はないが、好機ではないかね?」
「それはそうだが、その情報をただでくれるとは何事かな?」
「なに、情報には鮮度というものがある。今でなければ役に立たんだろうな。気になるのなら行ってみるがいい。バスケスの依頼は私だけでも事足りよう」
「ふむ・・・」
伝蔵は正直言ってこの都市に来てから、いや、ヤトリが死んだせいでろくな憂さ晴らしをできなくなったことからここ最近ずっと疼きを我慢していたのだが、そろそろ発散せねば見境なしの行為に及びそうだった。
なので、ここは自分の欲望に忠実であることにしたのだ。
「では借りておこう。ちなみにその少年の名前は?」
「ジェイク、と言うらしいな。今なら剣帝にも隙があろう。行ってみるがいい」
『中隊長』の助言をやや気味悪く感じながらも、『素浪人』伝蔵はその場から離れた。そして『中隊長』はほくそ笑むのである。
「ふむ、これで剣帝も手傷は免れまい。『素浪人』は腕だけは確かだからな。もし剣帝が手負いとなれば――『将軍』に出向いてもらって消すとしよう」
『中隊長』はバスケスとの依頼と同時に、別の依頼も受けていた。そう、アルネリアが出した、剣帝抹殺の依頼を。
続く
次回投稿は、11/13(火)8:00です。