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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その250~悲願⑩~

 振り返ったシャイアが見たのは、自分の背中に果物ナイフを突き立てる、今助けたはずの女の姿。

 女は怯え切った目で、そして許しを乞うようにシャイアを見ていた。


「な、馬鹿な・・・なんで、こんなことを・・・」

「これで、私と彼は助かる・・・?」

「おうよ! いい仕事したなぁ、あんた! これであんたと彼は安心だぜ。下に迎えに行ってやれよ」


 女は一も二もなく走って外に出て行った。その後ろ姿を見てバスケスが笑う。


「馬鹿じゃねーの。三階から受け身もなく落ちりゃあ、どうなるかなんてわかりそうなもんだがな。どのみち、投げ捨てる前に首の骨を折っておいたしよ。人間は簡単だよなぁ? ちょっと指の2、3本も折って、目の前で家族を痛めつければすぐに言うこと聞くぜ?」

「き、さまぁ! どれだけ畜生にも劣る行為をすれば気が済む!?」

「それで精霊が俺に罰を下すかよ? クズに相応の罰が適切に与えられる世の中なら、俺なんか何回死んでも足りねぇよ! それよりもよぅ、楽しんだ方が勝ちだと思わねぇか?」


 バスケスが呵々、と笑うと、窓の外に勢いよく飛び出していった。窓枠の上に手をかけ、上に登っていったのだろう。やや小柄とはいえ、あの筋肉のつき方で身体能力だけは信じられないくらい高い男だ。

 シャイアは背中のナイフの刃渡りを確かめながら、致命傷でないことを確認した。


「(どうしてすぐに退いた? 私をいたぶるなら好機だろうに)」

「シャイア殿、無事か!?」


 その直後、部屋に拳を奉じる一族が踏み込んできた。その光景を見て、シャイアはバスケスの意図を知った。


「しまった、こういうことか・・・」

「負傷したのか? 待て、傷を見よう」


 戦場で最も手がかかるのは負傷兵だ。バスケスは拳を奉じる一族の戦士が手ごわいと知っていた。だからシャイアが追ってきていることを知ったうえで、シャイアをおびき出した。そしてシャイアに手傷を負わせ、異分子を混ぜることで彼らの連携を鈍くするつもりなのだ。とぼけたふりして、全て計算ずくなのだ。あの男は残虐だが、頭は回る。

 シャイアは今更ながらバスケスの術中にはまったことに気付いたが、もはやどうしようもない。ここで離脱を試みようとしても、今度は人質にされるだけだろう。自分が人質として有用であるかはさておき、もし有用でないとしたらただ殺されるだけになる。それがバスケスによるものなのか、あるいは拳を奉じる一族によるものなのかはわからないが、シャイアもまた黙って殺されるわけにはいかない。

 シャイアはナイフを引き抜いてもらい、清潔な布と軟膏で血止めをしながら、呼吸法で傷口を塞いだ。少女とは思えない手つきと熟練の技に、拳を奉じる一族の彼らも称賛した。


「これで止血は問題ありません。みなさんはバスケスの後を!」

「よいのか?」

「私を連れて行っても、連携が乱れるだけでしょう。あの男は勝利するためなら卑怯な手段も厭いません。くれぐれもお気を付けて!」

「ふん、無用な心配だ」


 拳を奉じる一族の戦士たちは出て行ったが、正直シャイアも普通に歩くのが精一杯だ。技のキレは半分以下、威力を望むべくもない。シャイアは激痛に脂汗をかきながらも、全身の状態を確認した。もう一度バスケスに襲撃されれば、今度は一瞬で打倒されるだろう。その事実に身震いした。


「(ここまで追いかけてきておいて、そんな結末――認められません!)」


 そんなことを考えていると、今度はタウルスが入ってきた。


「怪我をしたようだな」

「は、はい。面目ありません」

「どうして謝る必要がある。そなたもあの男と因縁があるのだろうが、今回直接的に戦っているのは我々だ。互いに思い思いのやるべきことを果たせばそれでいい。どうもそなたは真面目すぎるようだな?」


 言いながらそれは自分がよくベルゲイに言われる言葉だと思い、タウルスは苦笑した。そしてシャイアに背中を貸そうとしゃがんでいた。

 目を丸くするのはシャイアである。


「何のつもりです?」

「そなたをアルネリアの騎士に引き渡すところまで運ぶ」

「そんなお時間が?」

「ないかもしれんが、今のままでは足手まといだ。バスケスに狙われでもしたら・・・わかるな?」


 タウルスの言葉に反論することもできず、シャイアはその背に捕まった。その時の感想をまるで父のようだと思いながら、シャイアが一瞬安堵したその時である。

 外から耳をつんざく悲鳴が聞こえた。先ほどの女性のものだろう。


「――男の死体を見つけたか」

「やはり?」

「ああ、助からん――?」


 タウルスが言ったとたん、部屋の外から急激に煙が襲ってきた。反射的にタウルスは息を止める。毒の類だとしたら、それだけで致命的になるからだ。

 その直後、タウルスは左脇腹に鈍い痛みを感じていた。


「クハハ! 油断したなぁ? まずいっぱーつ」


 再度窓から侵入してきたバスケスが、タウルスの左脇腹に一撃を入れていた。その一撃は重く、タウルスが思わず膝を崩すほどだった。



続く

次回投稿は、11/9(金)9:00です。

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