戦争と平和、その249~悲願⑨~
「よせ! 怒りに駆られるな。我々の目標は本来ティタニア一人。邪魔する者あらば排除するが、これ以上戦力を失うわけにはいかん。冷静に隊列を組んで、確実に仕留めろ。相手は名だたる拳士だ」
「クハハ、いいね、いいねぇ! 一見脳筋に見えるその外見と、真面目腐った冷静な物言い。加えて嬲られる女を助ける正義感! 俺が一番大っ嫌いな奴だよ、お前!
殺す、必ずなぁ!」
バスケスはそう告げると、建物に飛びこみ姿を消した。そこに丁度シャイアが姿を現す。
「バスケス!」
「そなたは確か・・・」
シャイアのことはタウルスたちも注目していたが、言葉を交わすのは初めてだった。シャイアは彼らに駆け寄ると、自分の事情を説明した。また途中で人が殺されていたことも。
「あのバスケスという男は悪鬼です。勇者の仲間などとは名ばかりで、己が欲のためには兄弟同然の人間すら手にかけるのです。狙ったら最後、殺すまであきらめることはないでしょう。倒すなら、今ここで。私も協力します!」
「それはありがたい申し出だが、我々にも事情というものがある。バスケスにかまっていることはできない」
「いえ。今討ち果たさねば、必ずやその悲願成就直前で仕掛けてきましょう。後顧の憂いを断つべきだと考えます!」
シャイアの言葉には力強さがあった。タウルスたちはどうするべきか顔を見合わせたが、今度はバスケスが飛びこんだ建物の中から悲鳴が聞こえてきた。この建物は集合住宅であると考えられる。その一室から悲鳴が聞こえ、その窓からぽいと人が放り投げられてきたのだ。
部屋の高さは三階。投げ捨てられた人間は骨が折れる音と共に動かなくなった。そして反射的に上を見た彼らの目には、笑顔で手を振るバスケスが映った。この光景を見た瞬間、シャイアはかっとなって走り出した。
「バスケス、貴様!」
「あ、待て!」
シャイアの後に続く前に、全員が一瞬タウルスの方を確認した。タウルスは仲間が既にシャイアの後を追う決意を固めていることを確認すると、逡巡した後に頷いた。
「よかろう、追え。ただし、連携を崩すな」
「「「はい!」」」
仲間が続き、タウルスもまたガインと先ほど落下してきた男の亡骸を路の傍に避けて外套をかけると、彼らの後を追った。
シャイアは一直線に三階に登る。そうして先ほど男が落下してきた部屋を探した。
「(落ちたのは男の人だけど、悲鳴は女の声だった。ならばおそらく・・・)」
シャイアは廊下を走る。廊下は古く、歩くだけで音が軋む。自分の体重で鳴るのだから、音を立てずに歩くことは不可能だろうとシャイアは結論付ける。そして廊下は狭かった。大人なら、二人同時に通るにはどちらかが端に避ける必要がある。遭遇すれば、一対一で戦う必要があった。
「(好都合だ、逆に逃げ場があるまい)」
シャイアは一つだけ開いている扉の部屋の近くに来ると、慎重に中を伺った。そこには見えるようにわざと座らされ、適当に衣服で縛り付けられた女がいた。口には布を噛まされ、話せないようにしてある。
シャイアは慎重に部屋に入ると、女までにある部屋の入り口をそっと開け放った。バスケスが潜んでいる可能性があったからだ。だがそこには誰もおらず、シャイアは安堵して女を解放した。女は適当に痛めつけられたらしく、指が数本折られていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ! 何なの、あの男! 突然入ってきて、彼を窓の外に投げ捨てたわ!」
「悪鬼羅刹の類です。心配しないでください、必ず倒しますから」
「あなたが? はっ、無理よ。だって――」
その瞬間、壁を叩くような音が連続でした。シャイアが後ろを振り向くと、反対側の住居の扉が放たれ、そこから壁を連続で蹴ってバスケスが飛びかかってくるところだった。床を踏めば音がするとばかり思いこんでいたシャイアは、壁を蹴ってくるバスケスを想定していなかった。
反応が遅れたと思ったシャイアは、振り向いてバスケスの膝を受け止めた。そのままバスケスを掴み投げようとしたが、バスケスがそうさせず拮抗状態になった。バスケスは最初シャイアに気付かなかったが、顔を見ると面白そうに笑った。
「お前、まさかシャイアかぁ?」
「だとしたらどうだ? 兄と父の仇を討ちに来たぞ、バスケス!」
「兄弟子様って呼べよ、小娘ぇ。こんなところまで追ってくるなんて、真面目だよなぁ」
バスケスが心底おかしそうに笑った。どちらかというと、小馬鹿にした嘲笑である。シャイアはかっとなった。
「何がおかしい!」
「お前は俺の性格を知っているはずなのになぁ。俺が何をしても勝つってよぉ」
その言葉の直後、シャイアの背中に熱い痛みが走った。
続く
次回投稿は、11/7(水)9:00です。