戦争と平和、その246~悲願⑥~
グリッドは現在の状況を冷静に分析していた。
「(周囲はアルネリアが封鎖し、人払いもしてあるぅ。まぁティタニアがその気になればぁ、建物ごと被害が出るだろうがぁ。武術大会で優勝してレーヴァンティンを正当な方法で得るという望みがあるならぁ、ここで余計な被害を出すような真似はすまいぃ。
問題はぁ、俺たちの仲間が集まってこないということぉ。ベルゲイ、タウルスぅ。何してるぅ?)」
グリッドは頭上を見上げた。建物のせいで角路地になっているこの場所では、万一ティタニアが建物を乗り越えて逃亡を図った場合を考えて、建物上に仲間を3人配置している。拳を奉じる一族の総勢は20名。それを5人一組に分け、四組でティタニアを襲撃するつもりでいた。
一組はウルスの回収に向かわせていたが、ここまで時間をかけても連絡がないとなると、見つけるのは困難かもしれない。本来ならウルスを伴い、3組の襲撃でティタニアを仕留め、大魔王ペルパーギスが出てきたらウルスを用いて封印するつもりだったのだ。だがウルスがいなくては、ティタニアを仕留めてもペルパーギスを封印する方法がない。
最悪ペルパーギスが出てきても、ベルゲイの話ではアルネリアにいる強大な魔獣が仕留めるかもしれないとの話だったが、拳を奉じる一族は大元が魔王討伐のための人材を育成するための一族なのである。人同士の争いならいざ知らず、魔王が被害をももたらすことが想定されるような事態を自ら招くわけにはいかなかった。
つまり、ベルゲイたちはティタニアを殺すのではなく、ウルスが見つかるまで捕獲しておく必要があったのだ。傭兵崩れどもはジェイクを捕獲しティタニアを呼び出すための囮に使うつもりでいたが、ジェイクの訓練が予想以上に長引いたことで、アルネリアもここをいつまでも封鎖しておくわけにはいかなくなってきた。
「(しかも、ジェイクとやらは身動きできなくしろと言ったのにぃ、後ろからいきなり全力で殴りつけやがったぁ。おかげで計画が半分以上崩れたぁ。あの出血、下手したら死ぬぅ。
協力しているアルネリアの騎士を死なせたとなればぁ、俺たちもただでは済まされないだろぅ。最悪始末されるぅ。厄介だぁ、非常に厄介だぁ)」
グリッドは内心では冷や汗をかきながらも、カバルに静かに後退するように顎で命令した。ジェイクを助ける必要があるからだ。ティタニアに打ち込んだ釘は特殊な樹に魔術を込めて作ったものだ。地面に打ち込むと、根を張って固定される。人間の腕力で抜けるものではない特注性を準備していた。
ティタニアが大人しくしている限り、自分一人で間を持たせるとグリッドは考えていた。気になるのは傭兵崩れどもが図に乗ってティタニアを痛めつけ過ぎないかということだった。
が、それも杞憂に過ぎないことをグリッドはすぐに知ることになる。どうして千年近くも誰もティタニアを仕留めることができないのか。その理由を目の当たりにすることになるのだ。
「なんだぁ?」
ティタニアを殴りつけている男たちの手が止まって来たのだ。見れば、ティタニアはそれなりに流血しているが、まるで消耗した様子がない。男たちは交代しながらティタニアを痛めつけていたが、最初にティタニアに暴行を加えていた男たちが憔悴していることにグリッドは気付き、問いただした。
「おい、どうしたぁ?」
「この女、変だ」
「何がぁ?」
「殴っている感触が全くない。幽霊でも殴りつけているみたいだ」
その言葉に、グリッドは注意深くティタニアの様子を見た。右腕を地面に縫い留められているのでティタニアはろくに防御の姿勢も取れないが、余った左手で体を守るわけでもなく、むしろ殴られ蹴られるに身を任せているように見えた。容赦なく振り下ろされる棍棒や砂袋の間で弾けるように左右に揺られるティタニアが、その衝撃を流していることに気付いてグリッドは戦慄した。
「まさか、『柳』かぁ? なんでこの女が俺たちの奥義を使えるんだぁ?」
衝撃を受け流す防御の奥義『柳』。グリッドが驚いた次の瞬間、ティタニアの動きが変わり自ら砂袋に当りにいった。砂袋が破れ、砂が男たちの視界を遮る。その音に驚いたカバルが視線を上げた瞬間、片方の視界が潰れた。
「あ・・・」
そしてカバルの意識が途切れたのはその直後だった。ティタニアが地面の石に気功を乗せて放ち、それがカバルの左眼球から脳に抜けたのである。カバルはジェイクの喉をかき斬る暇もなく絶命した。もちろん本気でかき斬るのをためらっていたこともあるが、ティタニアの早業に反応が間に合わなかったのである。
そしてグリッドがティタニアに接近する前に、周囲の男たちの胴が泣き分かれていた。砂塵の中で、ティタニアがゆらりと立ち上がるのが見える。地面に右手を縫い留められて、どうして立ち上がることができるのか――グリッドの疑問はすぐに解決された。
続く
次回投稿は、11/1(木)9:00です。予定がずれていてすみません。