戦争と平和、その245~悲願⑤~
ジェイクが倒れる場面が、ティタニアには非常にゆっくりに見えた。そして倒れたジェイクの頭から流れる血がみるみる間に広がり、ぴくりとも動かないジェイクを見るとティタニアは蒼白になった。
「ジェイク!」
嫌な倒れ方だ。どんな頑丈な生き物でも、脳の中は脆い。当り方によってはあっさり死んでしまうことは、ティタニアでなくとも知っている。
ジェイクを倒した連中に、ティタニアは見覚えがあった。統一武術大会の開催前に絡んできた傭兵崩れの連中だ。まさかここで出現するとは夢にも思っていなかったし、歯牙にもかけていなかった連中である。それが今どうしてここに、と考える前にも、男達は素早くジェイクの喉元にナイフを突きつけていた。
ティタニアが背中の大剣に手をかけるが、男達は周囲に散開していた。
「おっとぉ! このガキの命が惜しけりゃ、妙な真似はするな?」
「まずは背中の大剣を捨ててもらおうか?」
男たちの動きには無駄がなかった。傭兵崩れには見えないほど、統率された動きである。おそらくは誰かに雇われ、指示を受けているのだろう。
ティタニアは慎重に周囲の気配を探ったが、男たちはそれなりの人数がいる。わかる範囲で、24人。だがティタニアの技術なら、一呼吸させる間もなく全滅させることができる。問題は、ジェイクの喉元にナイフを突きつける男までに間に5人いること。間を詰めるにしろ、衝撃波で首を落とすにしろ、ジェイクの身を案じるなら確実ではない。
しかも、ナイフを首元に当てる男だけが間違いなく手練れだ。首が半ば落とされようとも、ジェイクの命だけは確実に奪うだろう。さしものティタニアでも、ためもなく居合で放った一撃で五人まとめて胴薙ぎで殺すだけの自信はない。
ティタニアの判断は早かった。
「これでいいのか?」
ティタニアはあっさりと背中の両の大剣を手放した。地面に突き刺し固定すると、自らは正座でその場に座ったのである。潔すぎるほどの態度に拍子抜けする男たち。一瞬ジェイクにナイフを突きつけた男に目で指示を仰ぐが、男は顎で傭兵崩れどもを促した。
「構わん、予定通りだ」
「よし、大剣をどかして――」
だが傭兵崩れどもが大剣に触っても、ぴくりとも動かなかった。ティタニアはその細腕で軽々と扱っていたのだが、武器が使い手を選ぶことなど男たちにはわからない。
大剣のあまりの重量にそれぞれ三人がかりでとりかかろうとして、ティタニアの目がぎらりと光った。包囲が一瞬崩れたのである。
「あ、馬鹿――」
当然その一瞬を逃すはずがないティタニア。だがその一瞬で、ティタニアが使用しようとした右手が、釘のようなもので地面に串刺しにされていた。
「ぐあっ!?」
虚をついた見事な攻撃にティタニアが反応で負けた。ティタニアの背後にいたのは、やせぎすの背の高い男。表情は笑顔だが、まるで動かない笑顔は彫刻のような無機質さを印象付け、逆に非常に不気味な雰囲気を出していた。
ジェイクをとらえる男が思わず声を出した。
「グリッドさん」
「カバル、油断するなぁ。この女相手にやりすぎて、やりすぎるということはないぃ」
くぐもった声を発する幽鬼のような男に、柄の悪い男たちも思わずたじろぐ。だがグリッドと呼ばれたその男が、柄の悪い男たちに促した。
「お前ら、どうしたぁ。金をもらって女をヤれるんだ、おいしい話だって言ってたろぉ?」
「いや、そりゃあそうだが・・・」
「ためらうなぁ、詮索するなぁ。貴様たちは言われた通りにやればいいぃ。まずは身動きできないくらいに殴りつけろぉ。それとも、止めるのかぁ?」
「ちっ、わかったよ。おい、お前ら!」
男たちは手に持った棒などで身動きのできないティタニアを殴りつけ始めた。そしてこの中に入った拳を奉じる一族の二人――グリッドがカバルに視線で訴えた。ここまではまず順調だ、と。
拳を奉じる一族の者はここ数日ティタニアを観察し、一つの仮説を立てた。ティタニアの封印が解けかかっているのではないか、ということである。もしそうであれば、ティタニアに切創を与えるのはまずい。ティタニアの封印は、体にある呪印を欠損させることでも解けてしまう可能性があるのだ。
つまり、ティタニアは殴殺する必要がある――そんな無理難題を解決する方法を考えなくてはいけなかった。
続く
次回投稿は、10/30(火)9:00です。