戦争と平和、その243~悲願③~
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「ジェイク。待たせましたか?」
「お、ティニー。大丈夫だ、今来たところだから」
ジェイクは日中レイファンの護衛を務め、その後ティタニアと稽古の約束をしていた。自国の騎士が参加していない統一武術大会をレイファンは観覧しておらず、そのためジェイクもティタニアの試合を見ていない。というか、ジェイクはティタニアの名前をティニーと信じ切っていたので、参加者の一覧に見つからないなぁとぼんやり考えていた程度である。
またティタニアも自らの試合の話などをしなかったので、互いに深く追及することもなかった。それはまた、ティタニアのことを深く追及するとそこでこの関係が終わることを互いに感じ取っていたのかもしれない。
そんな雲海の中の断崖絶壁を歩むが如き危うい関係を、この二人はどこか居心地よく受け入れていた。と同時に、それでもこの時間が終わりが近いことを互いに感じ取っていたのだろうか。最初の挨拶以降、二人に間に言葉はしばしなかった。
「・・・稽古、しよっか」
「ええ、そうですね」
そうしてジェイクは無言で剣を構えた。そうしてティタニアも剣を合わせるように構える。二人の間には殺気はなく、静かな時間が流れていた。微動だにせぬ二人が何をしていたのか、他人にはわかりようもない。二人は剣を合わせた感覚だけで、互いの予兆だけで手合せを行っていたのだった。
それはレイヤーとレーベンスタインが行ったことと似ていたが、二人に間に殺気はなく、ティタニアは十分にジェイクに余すことなく剣技を教えていた。現実の肉体を使用すれば数年かかる手合せの時間を、二人はものの数分で終えたのである。
そうしてジェイクが疲労からやがて倒れた。だがティタニアもまた軽いめまいを覚え、剣を思わず支えにして立っていたのである。
「・・・見事です。わずか数日でここまで没頭できるようになるとは」
「はぁ、はぁ・・・もー限界だ。ティニー凄すぎ」
「ふふふ、あなたこそ凄かった。ここまで疲れたのはいつぶりでしょうか。手ほどきは苦手なのですが、つい夢中になってしまいました。
さて、シャイア。どうして隠れているのです?」
ティタニアの呼びかけに、物陰に隠れていたシャイアがおずおずと姿を現した。
「いえ、その・・・誤解されそうな会話にちょっとドキドキしてしまいまして?」
「「何が?」」
シャイアの言葉に二人が同様の反応を返す。ああ、この二人は似た者同士なのだとシャイアが言った自分の方が恥ずかしくなり、ため息をついていた。そして気を取り直してジェイクに自己紹介をする。
ジェイクは自分と年端も変わらない少女がここまで戦い抜いていることに驚いたが、同時に素直に称讃した。またシャイアも方もジェイクの素直さに好感を持ったようである。
ティタニアは次世代を担う戦士の出会いを微笑ましく眺めていた。そうしてその場を既に去るつもりだったのだが、二人の会話とちょっとした手合せのようなものを少し離れて見守っていたのだ。
その時にティタニアの心境は、今までにない穏やかなものだった。もし自分が剣を奉じる一族としての役目を通常通りに全うしていたら――こうして後継者たちに指導することもあったのだろうかと、そんな妄想をしてしまうほどに。
だからこそ、ティタニアは周囲の変化に気付かなかった。アルネリア内でもやや人気の少ない貴族たちの別荘が立ち並ぶ一角を待ち合わせ場所にしたとはいえ、誰も通らぬことなど滅多にないことを、ティタニアは気付いていなかったのだ。
そしてシャイアとジェイクの手合せが一段落し、シャイアがティタニアの元に駆け寄った。ジェイクは何事かを掴みかけているのか、まだ剣を振っていた。
「いかがですか、シャイア? あなたと同世代の剣士は」
「うーん。普通、ですね」
シャイアの言葉は歯切れが悪い。どうも何か引っかかることがあるようだった。
「そう、普通なのです。神殿騎士団の中級騎士とのことでしたが、あまりに普通です。疲労しているのかもしれないし、ひょっとしたら手加減しているのかもしれない。よく鍛えているのはわかりますし、彼の性格が素直なのか修得は速いのですが、こう、才気を感じると言うことは・・・ないですね」
「はい、私もそう思います」
ティタニアがあっさりと肯定したので、シャイアは逆に驚いていた。
「ジェイクは集中力こそ並外れていますが、決して天才肌ではない。一を聞いて十を知ることはなく、せいぜい三でしょう。初見の攻撃には対応できないし、新しく技術を開発できるわけでも、特別身体能力が高いわけでもない」
「では、なぜそのような若者に手づから指導を?」
「五位の悪霊を単独で撃破しています。それにアルネリアの神殿騎士が集団でも苦労するような魔王を単独で撃破したり、最近では盗賊バンドラスの討伐。バンドラスの傭兵としての等級はA+。ただの素直な少年が達成するにしては、明らかに過剰な業績。その正体を掴みたくて関わっているのですが・・・」
ティタニアの表情が複雑に揺れた。残念なのか、それでいてどこか嬉しそうな。その表情の意味をシャイアは掴みかねたため、何も言えずにその場でただジェイクが剣を振るのを見守るしかなかった。
続く
次回投稿は、10/26(金)10:00です。