戦争と平和、その242~悲願②~
「まずティタニアの立場。彼女は正式に黒の魔術士から離反しているらしいけど、追手はかかっていない。追手を出す余裕がないのか、あるいは追手を出しても無駄だと考えられているのか。黒の魔術士の戦力の中でも、最強の一手と考えられるティタニア。あなたたちで倒せるのなら、黒の魔術士かアルネリアがとうに始末しているわ。
アルネリア教会の目論見なんだけど、私はなんとなくわかっている。この競技会で消耗させ、隙を見て暗殺するつもりよ。そういう点ではあなたたちはうってつけの捨て駒だわ」
「ふん、そんなことは百も承知だ。だがそれでもやらなければならないのだ」
「どうして?」
アルフィリースの素朴な疑問にウルスは答えた。
「ティタニアの年齢を知っているか?」
「およそ千年生きていると聞いているわ」
「ティタニアは正真正銘、ただの人間だ。ただの人間が何もせずに千年も生きるはずがない。ティタニアは一定の期間が経過すると、代謝を極端に落としてまるで熊か昆虫かのように休眠する。そうして世の中が混沌とし、荒れた時代が来ると覚醒する。戦いが多い時代の方が、奴が求める剣を奉じる対象が出現しやすいからな。それをどうやって感知しているかは不明だが、ティタニアの肉体年齢は、おおよそ20代を維持していると推測している。
対して、奴の打倒を悲願としてきた我々は、一族の寿命がそろそろ近づいている。門外不出の技術を磨き、それを隠匿し継承するにも限界が来ている。里の人口は徐々に縮小し、厭戦気分も高まってきた。それはそうだ。厳しい掟に反抗する者はいつの時代もいるし、いつ目覚めるともわからんティタニアを打倒するためだけに身命を賭して鍛練を積むことに納得できる者が、いかほどいるというのか。
今回我々がここまで強引に行動を起こしたのは、今回の戦いが最後だと考えたからだ。里にはまだ数百の者がいるが、戦うことに賛同したのは今回の20名弱だけだった。これから先、戦う者はもっと減るだろう。どのみちまともに戦えるのはこれが最後なのだ。ここで死に果てようとも、全員が本望。既に狂人の行いなのだ、わかるか?」
ウルスの言葉にアルフィリースはしばし俯いていたが、やがて悲しそうな顔を上げた。
「・・・あなたの長はそれでもいいのでしょうね。あるいは年長者たちは。でもあなたの本心は同じかしら?」
「どういうことだ?」
「戦ったからこそわかるのだけど、あなたは強くなることには強い興味を抱いているとは思うわ。でもあなたの技術はきっとまだ発展途上。これから先、まだまだ強くなるでしょう。なのに、今ここで命を賭した戦いをするのは時期尚早に感じられる。
私ですらそう感じるのだから、あなたはもっとそう思っているはず。なのに、それで本当にいいの?」
アルフィリースの言葉に、ぐっとウルスは言葉に詰まった。奥底に隠した本心をずばり言い当てられたからだ。ウルスとて、もっと自分を研鑽してから戦いに望みたい。鍛錬の成果を出すなら、自分を極限まで高めてからティタニアに挑みたいのだ。
だがしかし、事情がそうはさせてくれなかった。
「私には――戦う以外に別の役目がある」
「それは何?」
「ティタニアが武器を集める理由を知っているか?」
「どこまで本当かは知らないけど、自らの内に封じられた大魔王を倒すためだと聞いているわ。あらゆる攻撃を跳ね返し、当時の全戦力でもどうにもならなかったとか。ティタニアをうかつに倒すと、その封印が解けるかもしれないとも」
「そうだ。一つ付け加えるなら、解けるかもしれない、ではなく確実に封印は解ける。私はその最強の大魔王を封じる役目を負っているのだ」
ウルスの言葉に、アルフィリースは目を見開いた。
「ウルス、あなたまさか・・・」
「大魔王ペルパーギスを封印する方法は我々しか知らぬ。ティタニア打倒後、大魔王が解放される前に私の体に再封印する。そのためにこそ私は調整され、連れてこられたのだ」
ウルスの言葉に、アルフィリースは衝撃を受けたように後ろの椅子にどっかりと腰かけた。
「人身御供とは、想像していなかったわね。それはあなたでなければ駄目なの?」
「我々一族の女は本来、魔物を封じる容器を用意することが得意だった。妥当できぬほど強力な魔物は一度封印し、自分たちに有利な環境で再度解放し倒す。そのための方法を編み出していた。
だが大魔王にまで通用するとは思わなかったのだ。現にティタニア以外誰も実行したことはないそうだからな。魔物封印の容器になるためには、資格というよりは準備が必要でな。最低でも数年かかるから、私以外は一族でも誰もなり得ない。今はおそらく幼い者の中に準備を進めている者もいるのだろうが、ものになるにはあと数年はかかるだろう。
ティタニアもまた同じ役目だったはずだ。おそらくは最初からそのつもりで親や兄弟に同行を求められていたのだろう。本人が知っていたかどうかはあずかり知らぬことだが」
「そのやり方、あなたがこれだけ重傷を負っていても可能なの?」
「確率は下がるだろうが、生きてさえいれば実行は可能だ」
「だとしたら・・・」
アルフィリースはしばし考え事をした後、痛みをこらえて立ち上がった。よろよろとだが、部屋の外に出て行こうとする。
「どこに行く?」
「外に知らせる必要があるわ。あなたがいるこの場所、アルネリアでも一部の関係者しか知らない場所よ。あなたの仲間でも入ってこれる場所じゃない。
あなたが怪我をして運ばれた後、追手がいたけどここの直前でまいたのよ。今頃外をうろうろしているでしょうけど、このままあなたが見つからなかったら・・・?」
「計画は中止にせざるをえないだろうな。だがティタニアへの襲撃は行われるぞ?」
「どうして?」
ウルスは言い澱んだが、今更隠してもしょうがないとして話すことにした。
「ティタニアへの襲撃は、雇った傭兵崩れの連中を使う。ティタニアが最近仲良くしている少年がいるようだから、それを襲うように指示したはずだ。そうすればティタニアも動かざるをえないだろうと。我々が行かずとも、もう金は払った。奴らは報酬分の仕事をするだろうな」
「ちょっと待って、それって・・・」
「名前は知らんが、確か神殿騎士だったはずだ。腕も立つようだから、手段は選ぶ必要はないと言ってある」
「なんてこと! まさかジェイクが狙われているの!?」
アルフィリースは自分の計画になかった事態が起きようとしていることに、動揺を隠せなかった。アルフィリースの目算では、ウルスを拳を奉じる一族から隠すことでウルス以外の彼らが全滅し、結果としてウルスを仲間に引き込めないかと考えていた。もしティタニアが打倒できるならそれはそれでよし、懸念事項が一つ減るくらいだと考えていた。最悪、この都市にはシュテルヴェーゼなどがいるから大丈夫だろうと。それに、ミリアザールとミランダが何の策もなくティタニアをアルネリアに呼び寄せたとは思えなかったのだ。
だがジェイクが狙われるとは、想像していなかった事態だ。ジェイクとは直接戦ったからわかるのだが、その能力は非常に不安定だ。自分との戦いでは能力は使用されなかったようだが、ミランダから聞く限りでは傭兵でも上位に入る実力を発揮することもある。だがリサですらその能力がいつ発揮されるかはわからないと言っていた。もし危機になってもジェイクの能力が発動しなかったら――そんな可能性を考えると、アルフィリースは急いでアルネリア教会に知らせる必要があると考えた。
続く
次回投稿は、10/24(水)10:00です。