戦争と平和、その241~悲願①~
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「う・・・ぐ」
ウルスは激痛の中覚醒した。痛くない部分を体中で探す方が難しいくらい、全身が激痛を訴える。痛みを訴える箇所が多すぎて、脳の処理が追いつかない。悲鳴を上げようとしてウルスはやめた。悲鳴を上げようとして体がさらに痛み、悲鳴を上げても余計に消耗するだけだとわかったからだ。
目はかろうじて開くが、味気ない白塗りの天井が見えるだけだ。なんとか腕を上げようとしたが、少し動いて重力に負けた。『燎原の火勢」の反動もあるが、全身を滅多打ちにされたことが余程響いたのだろう。わかるだけでも肋骨の5、6本は折れているし、左腕も右鎖骨も折れている。足は両方が吊られているからこれも折れているのだろう。これでは厠もままならない。
ウルスは小さく溜め息をついた。本当は盛大にため息をつきたかったのだが、肋骨が折れたせいで少ししか口からは空気が漏れない。それでも不満が口を突くから、不思議なものだ。
「なんたるざまか。ここまで打ちのめされるとは」
「あら? やった私の作戦勝ちだと思わない?」
ウルスが声のした方に顔を向けると、そこにはアルフィリースがベッドに肘をついて顔を乗せていた。いたずらっぽく笑い、そして得意げな顔は子供の喧嘩に勝ったような表情だ。
ウルスは文句の一つも言ってやりたいところだったが、アルフィリースの表情を見てやめた。敗者は語る口を持たないし、そもそも目の前の女に口で勝てる気がさらさらしなかった。
見ればアルフィリースもぼろぼろで、どうやらベッドにもたれかかっていないと座っているも辛いようだ。そのことが少しだけ、ウルスの自尊心を慰めていた。
「作戦とはなんだったのだ?」
ウルスが問いかけた。確かに戦い方をいくつか見せたが、それだけで対応できるとは思えない。そもそもアルフィリースの戦い方に幅があることはわかっていたことなのだ。
アルフィリースは、隠すことなくウルスの質問に答えた。
「私にはいろいろと助言をくれる人が多くてね。あなたの技を見て、いかに返すかをかなり考え抜いたわ。そして赤くなる技だけは返し方がわからなかったから、他の方法で対応策を考えた」
「どうやったのだ? あれは修練でどうとかなる技術ではない。我々があれを習得するには、特殊な環境で数年過ごしてようやく身に付くものだ」
「そう、だから薬を使ったわ。一時的に筋力と血流を加速させる薬を、一定時間が経過した後効いてくるように調節して試合前に飲んでおいたの」
「ははっ、薬か」
「ずるいかしら?」
アルフィリースの質問に、ウルスは首を振った。
「いや、ルールで禁止されていないのだから正当な方法だろう。全てはお前の掌の上だったか」
「いえいえ、私にとっても賭けだったのよ。実戦ではどのくらいの時間で薬が効いてくるかは未知数だったわ。効き目が遅ければ意味がないし、速すぎれば逆に副作用で倒れたかもしれない。あの時間帯で効き目が出たのは、文句なしに完璧だったわ。勝てたのは、運によるところが大きい。もうあなたと魔術なしでやるのは御免被るわ」
「ふん、私としてはもう一度再戦を希望するがな。で、私に対する望みとはなんだ? 一つ言うことを聞く約束だったな?
言っておくが、仲間になれというのは実現不可能だ。我々は血族の掟で、里を出て暮らすことは許可されていない。他の里から妻や夫を迎え入れる時にも、同じく一生外に出ないことを了承してもらう。掟が破られた時の報復は例外なく死、だ。私を仲間にしたいのなら、私の死骸を引き取ることになるだろう。魔術で誓約をかけて履行しようとしても同様だ。それとも我々の一族を皆殺しにでもするか?」
「厳しい掟なのね。心配しなくても、私の望みはちょっと違うのよ」
アルフィリースの言葉に、ウルスは首を傾げた。だがウルスが疑問を口にする前に、アルフィリースはウルスに対する望みを口にしていた。
「今日の作戦、参加をやめなさい」
「! なんのことやら」
「隠しても無駄よ、イェーガーも一枚噛んでいるのだから。あなたたちは今夜、ティタニアを襲撃する。それこそ、ティタニアの首をとるか、あるいは全滅するかの覚悟で。
でもダメだわ、無謀な特攻としか考えられない。この作戦、必ず失敗するわ」
「なぜ、そう言い切れる?」
ウルスの言葉に、アルフィリースは深くため息をついて説明を始めた。
続く
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