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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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沼地へ、その8~上位精霊への道~

***


 そしてしばらくしてユーティがウィンティアの元にやってくる。


「何、ウィンティア? 皆が慌ただしくしているけど、何があったの?」 

「来ましたね、ユーティ」

「(あれ、怒られなかった?)」


 「様」をつけなさいと怒られるとばかりユーティは思ったのだが、ウィンティアの表情がいつになく真剣だった。ウィンティアのこのような顔は、生まれて此の方、ユーティは見たことがなかった。


「ユーティ、貴女はこの後どうするつもりです?」

「え? ニアのこともあるし、アルフィリース達に付いて行くよ?」

「ニアが治ったら?」

「う~ん・・・あんまり考えていないけど、ここには正直アタシの居場所はないし、そのまま付いて行ってもいいかなって思ってる。アルフィリースは色んな所に行きそうだし、彼女達と一緒にいると退屈しないしね。それに、アルフィリースも正直危なっかしくって放っておけないし。なんでそんなこと聞くの?」

「もうじきこの里は戦火に包まれます」


 ウィンティアのその言葉に、ユーティもまた真剣な顔になった。そしてみなまで言わずとも、ユーティは先ほどのエアリアルの表情も含めて、全てを悟ったのだ。

 ユーティは普段こそふざけてはいるものの、頭の回転は早い。


「アタシはどうしたらいい?」

「それはユーティが決めるべきことです。アルフィリース達について行くもよし、我々と行くもよし。元からユーティは自由にやってきたでしょう?」

「それはそうだけど。でもこんな大事は想定してなかったし・・・」

「ならば聞き方を変えましょう。ユーティ、貴女はまだ上位精霊になりたいと思っていますか?」


 ウィンティアの真剣な顔に、ユーティもおふざけなしに真剣に答える。


「それはもちろん」

「なぜ?」

「アタシは他の妖精みたいに、毎日木の実を取ったり、葉っぱの枚数を数えたり、川の魚や森の動物と戯れて時間を過ごすのがイヤだ。自然と一緒にいるのは好きだよ? アタシだって妖精のはしくれなんだから。でもアタシには自分の意志がある。自由に飛びまわれる羽根だってあるし、もっと色んな世界を見てみたい。自然だけに囚われて一生を過ごし、やがて自然と一つになって消え去るなんて、まっぴらごめんだわ。もっと別の存在としてこの世界に関わってみたい。そのためにアタシは上位精霊を目指すの!」


 ユーティの目が強い光を伴ってウィンティアに意志表示をする。その目に確かな覚悟をウィンティアは見て取ると、ユーティの小さな手を取った。


「ユーティは昔の私に似てますね」

「えー? アタシ、ウィンティアみたいに堅物じゃないよ?」

「むしろ上位精霊としては、私は破天荒な部類だと思いますが。とりあえずそのことは置いておきましょう。実は私が妖精だったころ、私は貴女より無茶をよくやっていました」

「え、そうなの??」


 これにはユーティも驚いた。何かにつけてユーティの行動をたしなめ、時には尻叩きの刑に処された記憶のあるユーティにとっては、ウィンティアはしつけの厳しい親も同然だった。


「そういえば、ウィンティアの昔って聞いたことないかも」

「それはそうでしょう。私はこの里のシュティームの生まれですが、この里には10年といませんでしたから」

「え、じゃあ何してたの?」

「シュティームを飛び出して、人間と旅をしていました」

「ぶっ」


 思わずユーティが吹き出した。まさかそんな無鉄砲な事をウィンティアがやるとは。妖精は基本的にあまり人間と関わることを禁止されているのだが、まさか里の長であるウィンティアが自らやっていたとは、さしものユーティも考えたこともなかった。


「人の事言えないじゃん!」

「そうですね。ですが、ここから先は真面目な話です。ユーティが上位精霊になるために必要な話でもあります。心して聞きなさい」

「・・・わかった」


 いつになく真面目な顔になるウィンティアに、ユーティも居住いを正し、空中で正座の恰好をする。そしてウィンティアの口からは衝撃の話が語られていった。


「私は以前、人間に恋をしました」

「はぁ?」

「・・・真面目に聞きなさいと言ったはずですが?」

「え、ああ。ごめんごめん。あまりに想像の斜め上をいったものだから、つい」


 ユーティが慌てて手を合わせて、ごめんなさいの意志表示をする。


「・・・まあいいでしょう。シュティームを飛び出した私は、そのまま大草原も飛び出しました。そこで鳥を捕まえるための罠に引っ掛かり、身動きが取れない状態でした」

「私よりひどいな」

「何か!?」

「いや、なんでもないから続けて!」


 思わず本音が出たユーティが、慌てて手を振って話を促す。ウィンティアもため息を一つ交えて話を続ける。


「そこに通りかかったのは、行商をしている若い人間でした。彼は私を助けだしてくれ、私は彼に恩を返すために、しばらくの間旅に同行することにしました。私は彼に危険が迫るとそれを告げ、逃げる。まだそこら中に戦火が絶えない時代、何度も危険な目に会いましたが、彼と私は何度も危機を共に乗り越えました。そしていつしか私達は旅のパートナーとなり、私は彼の素直な人柄に魅かれていきました。私は彼の傍にいたくて上位精霊を目指したのです。同じ背丈、同じ目線になれば彼に愛してもらえるかと」

「・・・」

「彼は行商をしているくせにまったくのお人好しで、自分の商品を安く買いたたかれて損をしても構わないといった感じでした。そのせいで何度飢え死にしかけたか。その度私は忠告するのですが、彼はいつもこう私に言うのです。『僕が売っているのは商品じゃなくて、希望なんだよ。僕にお金が入らなくても、僕の商品で幸せになる人がいるなら、それはそれでいいじゃないか』と。

 確かに彼の人柄は、色々な場所で人々の笑顔を呼びました。損をしたこと、騙されたこともよくありましたが、当時戦争の中で行商をした者は少なかったですし、彼の存在は徐々に重宝されるようになっていきました。また私という妖精が同行していることもあり、彼の名声は徐々に高まっていったのです」

「・・・」

「そして少しずつ貯金もできて、行商の仕事が軌道に乗ってきたある日のこと。彼は盗賊に襲われました。徐々に名前が売れてきているから、護衛を雇った方がいいと私が口を酸っぱくして何度も忠告したのですが、彼は最低限の資金以外は全て孤児院などに寄付してしまう人で・・・その時もなけなしのお金しか持っていなかったのです。私はその時ちょうど木の実を取りに出かけていて、彼は森の中でたき火の準備をしていました。でも私が帰った時には、既に虫の息の彼を見つけたのです。

 私は自分に力が無いことを呪いました。彼を襲った盗賊も憎かったけど、それ以上にどうして自分の言うことを聞いてくれなかったのかと、瀕死の彼に八つ当たりしました。すると彼はこう言ったのです。『精霊を奥様にしようと思ったら、僕はもっと立派な人間じゃないとだめかと思って』と。その時、初めて彼も自分と同じ気持ちだったと知り、私は彼の傍で泣きました。そして彼が死ぬと同時に、私は上位精霊となったのです」

「どうして・・・」


 ユーティが言葉を失くした。ウィンティアは当時の事を思い出したのか、涙を一筋、頬に伝わせる。


「妖精と上位精霊の違いを知っていますか、ユーティ?」

「上位精霊の方がより自然に近いと思っていたけど・・・」

「それはある意味では合っています。ですがそれだけではなく、私達は意志ある自然の守り手なのです。決して自然のためだけに動く物理的な法則ではなく、この大地全てのために動く存在でなくてはならない。だからこそ明確な意志が必要なのです。ですが妖精は自然から生まれ出るモノだから、生まれた当初に明確な自我を持たない者が多い。今でもこのシュティームの妖精達は自我をほとんど持たず、個体差がないでしょう? つまりユーティのような存在は異端なのではなく、むしろ貴女の様な妖精こそが、さらなる昇華を遂げるための個体なのです。そしてそのような個体が新たな感情を獲得し、切にさらなる力を望んでこそ、初めて上位精霊たる資格を得られる。私の場合、その感情は『悲しみ』でしたが」

「そんな理由があったんだ・・・・・・」


 ユーティが腕を組んで考え始めた。そう考えると、ユーティは今まで色々な事をウィンティアから教わった気がする。我慢とか、節度とか、規律など、ユーティには無縁だった感情をこそ、ウィンティアは教えようとしていたのかもしれない。


「ですが、やはり感情を知るなら人間と関わるのが一番良い。人間は、この地上でもっとも感情豊かな生物。きっと彼らこそが、私達を上位精霊へと導く鍵になるのでしょう」

「と、いうことは。アルフィリース達と一緒に行くのが近道ってこと?」

「そうですね。きっとそうなのでしょう」

「なんだ! 今までと変わらないじゃん!」


 ユーティがぱっと微笑んだ。


「それなら、アタシがアルフィリース達の面倒をしっかり見ないとね! あの子達ってば、なんだかんだで危なっかしいから」

「ユーティにだけは言われたくないでしょうね、彼女達も」

「フンだ! 私がいないと駄目だって、絶対に言わせてやるわよ! じゃあ、あの子達に付いて行って来る!!」


 そしてユーティがアルフィリース達の方に飛び出していく。その姿を見送りながら、まるでクラストンの実が種を飛ばす時のように、一度飛び出したら帰ってこない子だなとウィンティアは思ったが、ユーティの声が見えなくなった所で、彼女が叫んできた。


「ウィンティアー!」

「?」

「今までありがとうー! また絶対顔を見せに来るからねー!!」

「ふふ、あの子ったら」


 既にユーティの気配はなく、もう行ってしまったのだろう。彼女は照れていたのか、面と向かっては決して言わなかったが、ウィンティアにしろそれは少しありがたかった。きっと面と向かって言われたら、ウィンティアも泣いてしまったろうから。


「また会えるわ。きっとね」


 そしてウィンティアも妖精たちに命じて、里を撤収する準備に入っていった。



続く


次回投稿は、4/6(水)0:00です。この時間帯に投稿するのは久しぶり。

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