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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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ルキアの森の魔王戦、その2~魔王出現~


「な、何よ、アレ!?」

「こりゃあ・・・随分と醜悪なのが出てきたね」

「こんな魔物の記載は見たことがありません。悪霊か、悪魔か、鉱物生命体か判別がつきかねる」

「そのどれもってことがありうるよ。なんせ魔王ってのはわけがわからないのが多いから」

「リサもなんとなくどんな姿かは感知できますが、これは確かに分類に困りますね」


 アルフィリースは混乱したが、それは他の全員が同様だった。それもそうだろう。なにせまず、目の前の魔物は手で歩いてる。どうやら脚の代わりに腕が10本くらい付いているようだ。しかも形状は人間の腕に似ているのだが、長さ・太さはバラバラで統一感がない。太い腕はギガンテスの胴体くらいある。

 そして体は、いや頭との判別もないが、黒曜石のような黒光りする柱のような形状をしているのだ。太さはさっきのトレントほどもあるか。その付け根に手がまとめて10本、いや、11本ついている。奇数とは非対称極まりない。そして体といえばいいのか顔といえばいいのか、とりあえず胴体と表現する場所に目や口が不規則にくっついている。一体目や口がいくつあるのか見当もつかず、大きさもまたバラバラだ。

 体長はどのぐらいあるのだろうか。さきほどのギガンテスよりはかなり大きい。とりあえず胴回りは5mくらいありそうだ。その醜悪さよりもアルフィリース達が顔をしかめたのは、何よりその魔物が発する臭いだった。


「なんですか、この匂い。リサは不快です」

「何食ったんだろうね。口が臭いったらありゃしない」

「これはそんな程度の臭いじゃないわよ」

「これが魔王で間違いないのでしょうか?」

「わかりゃしないさ。アタシが出会ってきたのはもう少し生き物くさい連中だった。少なくとも、こんな人間の悪夢を現実に引っ張り出したようなのはいなかったよ」


 アルフィリース達がじりじりと下がりながら距離を取ると、この魔物がギガンテスの死体を踏んづけた。すると胴体の目が一斉にそちらを向く。そしてギガンテスを手でつまみあげると、不思議そうにその死体をを眺めていた。何事かとアルフィリース達がいぶかしんだその直後、


「ひっ!?」


 アルフィリースは思わず悲鳴をあげてしまった。鉱石のような胴体部分がバキバキと二つに割れ大きな口となり、ギガンテスをおもむろに食べ始めたのだ。


バキバキ、ゴキン! ボリッボリッ・・・


 アルフィリース達は何もできず、魔物がギガンテスを咀嚼する光景を見守っていた。ギガンテスの血や肉が周囲に飛び散っている。なんて凄惨でひどい光景だろうか。誰も一言も発しない、いや、発することができない。この魔物はもはや彼女達の想像を完全に超えていた。

 魔物がギガンテスを食べ終わると閉じていた目が一斉にカッ! と開き、血の涙を流し始めた。それと同時に体各所の小さな口が開き始め、ケヒャヒャヒャ、と奇怪に笑い始める。この魔王は喜んでいる――あまりの想像を超える異常な光景に、アルフィリースは眩暈めまいがしていた。


「・・・来るよ」

「え?」


 そしてひとしきり魔王が笑い終えると――目が一斉にアルフィリース達の方を向いた。


「動け!」


 アノルンの声を合図に全員が飛ぶように散開する。魔王が形容しがたい奇声と共に襲いかかってきた。

 先ほどと同様にアノルン・アルベルトは左右に展開し、アルフィリースとリサは後退して距離を取る。魔王の目がめまぐるしく動き、彼女達4人をそれぞれとらえる。


「全ての目で別々に見ているっていうの?」 


 アルフィリースは後退しながら矢をつがえ、目に向けて放つ。3本放ったうちの1本が見事に魔王の目を射抜くが、当たった瞬間にこの魔王はまたしてもケヒャヒャヒャ、と実に楽しそうに笑ったのだ。そして今まで目がなかったところに、目が新しく1つ開く。


「なにこいつ! 効いてないっての?」

「目が弱点じゃないのか!」

「アルフィリース、時間を稼ぎなさい。リサの力でこのブサイクの弱点を探ります!」

「了解!」


 リサが集中できるように、アルフィリースはリサを守るようにしながら矢を放つ。そしてアルベルトがアノルンに先行して斬りこんでいく。アルベルトが魔物を横薙ぎにしようと斬撃を放つが、


ダン!


 と一際大きな音がし、魔王の巨体が・・・跳んだ。


「なんだって!?」

「あの巨体で跳べるの?」


 周囲の木々より高く跳んでいる。そのまま落ちてくるかと思いきや、なんと手を使って器用に木の上の方にへばりつく。魔王の重みで、大樹がたわむ。


「くっ、器用だね!」

「これでは剣が届かぬ」

「! よけて!」


 アルフィリースの一言と共に、それぞれがその場から跳んで後ずさる。同時に音もなく何かが降ってきた。そして、びちゃびちゃと何かが落ちてきた跡から、ジュウジュウと煙が立つ。


「酸か!?」

「どおりで口が臭いわけさ。胃液出過ぎだろ?」

「冗談言ってる場合じゃないわよ?」


 全員で魔物の唾液を避け続ける。いや、アルベルトだけは避けながらも向かっていた。そして魔王が足場にしている木を一刀のもとに一斉に斬り倒していく。凄まじい技と力だ。

 魔王もさすがにバランスを崩して落ちてきた。そこにすかさずアルベルトが斬りかかっていくのを、魔王が手を差し出して止めようとする。いや、止めようとしたのではない、反撃だ。一瞬他の手がしぼみ、反撃に使おうとしていた手の太さが倍増した。


「!」


 腕を斬り落としにかかっていたアルベルトが、反射的に前に転びながら避けた。


バキッ! バキッ!


 振り回された腕は、そのまま当たりの木々をまとめてへし折る。とんでもない一撃だ。だが、アルベルトの反射も負けていない。前に一回転した後はその反動でさらに前に突進し、一斉に萎んだ腕をまとめて三本斬り飛ばした。


「隙あり!」


 アノルンも続こうと突貫するが、魔王の口がいくつかがばっと開き、黒い霧のようなものが噴射される。


「ブレスか!」

「ちっ」


 2人がいち早く避けると、周囲の木が一斉にグズグズに腐っていく。腐食の吐息ブレスだ。魔王が出現してからそこまで、およそ1分にも満たない攻防だったろう。だがまるで何刻も戦っているほどにも感じられる濃密な命のやりとり。これほどの戦いは、アルフィリースにはもちろん経験が無い。


「(とんでもない戦いだわ。確かに私では力不足ね)」


 アルフィリースは矢を放つのも忘れ、やや見入ってしまった。その後ろでリサがつぶやく。


「・・・そんな?」

「どうしたの、リサ?」

「あの魔物、弱点らしき部分が見つかりません」

「どういうこと?」

「普通、生き物であればどんな者でも弱い部分があります。体や気配、あるいは気といってもいいかもしれませんが、その流れや、また体のかばい方で私は察知するのですが・・・あの魔物の中身は常に動いており、決定的な弱点とかいうものがないのです」

「なんですって!?」


 リサが動揺している。どうやら目の前にいる魔王は想像以上の化け物らしい。だがさっきアルベルトが腕を三本斬り飛ばしたのだ、死なないわけじゃないだろう。が、


召喚サモン


 不気味な声が響いたかと思うと、魔物の周囲に魔法陣らしきものが浮かび上がる。すると、そこからゴブリンやオークが召喚されてくる。こんなことができるとは、まぎれもなく目の前の魔物が魔王なのだろう。


「なるほど、こうやって手下を召喚してるんだね」

「感心してる場合じゃないわよ、他の魔物なんて相手にする余裕はないわ!」

「いや、ザコは問題な・・・なんだって?」


 アノルンが驚愕の声を上げる。なんと、この魔王は召喚した魔物を戦力として使うのではなく、こともあろうに掴みあげ、頭から食べ始めたのだ。さすがのアルベルトも唖然とするが、さらに驚いたのは食べた分だけ、斬り落とした腕が再生していくではないか。 

 召喚されたばかりで動きの鈍い魔物共も、この異常な事態に悲鳴を発しながら逃げていくが、魔王は一体も逃す気が無いのか、次々と食い散らかしていく。アルフィリース達のことは放っておいて、自分で召喚した魔物を食べることに興味が向いてしまっているようだ。

 思わず戦うことを忘れ、その光景を呆然と眺めるアルフィリース達。


「・・・調査隊が誰も帰ってこないはずだよ。こんなのに追いかけられたら、生きて帰れっこない」

「ね、ねえ。魔王ってこんな生物なの?」

「いや、アタシが相手してきたのにゲス野郎はいたが、こんな醜悪なのは初めてだ。正直、アタシも辟易してるよ」

「弱点はなさそうです。どうしますか? 逃げるのも選択肢に考慮する状況だと思いますが」


 さすがのリサもやや不安げだ。だがアノルンはしばしの逡巡の後、返答した。


「・・・手はあるよ。危ないけどね」

「それに逃げ切れるかどうかも微妙です。さっきから目が一つだけ常にこちらを向いています。逃げ始めたら一気にこちらに向かってくるでしょう。どうやら知能はそれなりに高いようだ」


 隙を見て斬りかかろうとしていたアルベルトが、一端アルフィリース達の所まで引いてくる。そして指さす先をアルフィリースが見ると、確かにゴブリン達を追いかけてめまぐるしく動く目とは別に、瞬きすらせず、自分達を見ている目が一つあることに気がつく。


「じゃあ食べ終わったら一気に来るわね」

「だね。じゃあとりあえず戦う方向でいこう。リサ、アイツの気を引くのはセンサー能力でできるかい?」

「それは出来ますが・・・リサに囮をやれと?」


 信じられないといった顔をするリサだが、アノルンの表情は真剣そのものだった。


「悪いけどそういうことだ。その代わりアルフィを護衛に着けてやるよ。ここから300m程度後退したところに、やや開けたところがあったろう。そこまであいつを誘導してくれないか?」

「デカ女が護衛では心ともないことこの上ないですが・・・仕方がありません、やりましょう」

「よし。そこまで引き込んだら私が何としても奴の足を止めてみせる。アルベルトは奴の胴体を真っ二つにすることだけ考えてくれ。それでも生きてたり、足止めができないようなら一回退却だ。異存は?」


 依存はないと全員が目で返事する。


「じゃあリサ、30秒後にやってくれ。アタシとアルベルトは先にその地点まで行くけど、全員武運を!」


 全員で頷き合うのを確認すると、2人は先に駆けだしていく。残ったリサはため息をついた。


「それなりに苦労する依頼だとは覚悟していましたが、こんな展開になるとは・・・しっかりやってくださいよ、アルフィ?」

「任せて! ・・・とは言わないけど、精一杯リサのことを守ってみるわ」

「自信満々よりも、その言葉の方が信頼できます。満点をアルフィにあげましょう」

「あら、珍しい」


 リサはギルドでアノルンでもなく、アルベルトでもなく目の前の女剣士の手を引いたことを思い出していた。圧倒的に強いと感じたのはその2人のはずなのに、自分の直感はこの女剣士が最も頼りになるといっていたのだ。そもそもなぜ依頼の内容も聞かず、目の前の女剣士に話しかけて依頼を受けようとしたのか。リサには自分の行動を納得しかねる節があった。

 だが、後で一端別れてからやはり思いなおそうとしたものの、理性ではこの依頼は危険性が高い事を認識しつつも、本能では行きたくてしょうがなかった。本能で依頼を受けるような博打など一度もしたことがないリサだが、今回だけはなぜかそうすべきだと思ったのだ。

 そして依頼を受けてみて、まだこのアルフィリースと一緒にいる時間は一日と少しなわけだが、確信めいたものがリサにはあった。きっと自分はこの女剣士と、これからも深く関わるのだろうと。その自分がこんな所で死ぬはずはないと。それ以前に、何としてもリサはミーシアに帰らなければならない事情がある。そしてリサは決意を固めた。


「冗談はここまでです、いきますよアルフィ」

「いつでもいいわよ、リサ!」


 リサが感覚をソナーのように飛ばして魔王の注意を引きつけると、瞬間的に魔王の目が一斉にアルフィイリースとリサの方を向いた。ここからは、命がけの鬼ごっこだ。



続く


次回投稿は10/20(水)12:00です。

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