表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1697/2685

戦争と平和、その235~銀の一族ヴァトルカvsルナティカ④~

 この動きには観客だけでなく、この試合を見ていた競技者全員が目を見張った。既に人間ができる動きを凌駕していたからだ。魔術なしでこの動きをするとなれば、もはや人間ではない。もちろんエメラルドなどのハルピュイアが参加しているように亜人などの参加に制限を付けているわけではないが、ヴァトルカという人間にしか見えない種族が急に得体の知れない存在へと変化したように感じられたのは確かである。

 これを見ていたのっぺらぼうが、呆れたように座席にどっかりと腰かけた。


「ウィスパーの旦那、あれは人間じゃないよなぁ?」

「・・・わからん」

「あんなわけのわからんものに、俺たちをぶつけるつもりだったのか? いや、命令ならやるけどな。どう考えても勝ち目がないぜ? しかもあんなのが他にもごろごろいるんだろ?

 しかも、加えて魔術が使えたりしたらどうするんだ? それに近い技術を披露しかけていた気もするがな」

「・・・」


 ウィスパーはのっぺらぼうの不満とも愚痴ともとれる発言に、ただ黙っていた。ウィスパーとて長い時間をかけながら銀の一族のことを調べてきたが、これほど戦闘をじっくりと見ることができたは初めてのことだ。しかも、かつては銀の一族相手に切り札になりうるかと考えたルナティカが相手なのだ。参考になるのではと考えていたが、見れば見るほど背筋が寒くなってくる。


「(ルナティカが銀の一族の血統であることは間違いない。しかもおそらくは――だがこれほどまでに差があるというのか? それとも銀の一族の里で育つという環境が差を生むのか?)」


 ウィスパーが自問自答をする中、聞こえたわけではないがジェミャカがその問いの答えを思い浮かべていた。


「(まぁ、育った環境が違うから同じ銀の一族でもこんなものよねぇ。いかに厳しい環境で育とうと、所詮外は外。生まれた時から万全の力を発揮できるように調整され、人間の世界ではまずいないだろう実力の戦士たちと、連日死の直前まで追い込まれる訓練を課される私たち。

 眠らされている間ですら意識の底で訓練を繰り返され、まさに戦うためだけに生み出される我々戦姫。なのに、外の世界に漏れ出た我々の血統を殺せと言われるのならまだ納得だけど、試して見込みがあれば回収しろだとはどういうことなのかしらねぇ。今更何の役に立つのだか」


 ジェミャカのため息は里の命令に対する不満から出たものだったが、そのため息は同じ任務についたことのある者なら、誰しも感じていることだった。ゆえにそれぞれが任務以外のことに愉しみを見出し始める。ジェミャカは食事、ヴァトルカは嗜虐性に。元の性格はこうではなかったと、ジェミャカはうっすら記憶しているのだが。

 そして一瞬でぼろぼろとなり動けないルナティカを、ヴァトルカは片手で腕を掴んで引っ張り上げた。不用心な行為だが、ここから逆転の目があるとは思えないし、あるならむしろ見てみたいのだ。


「もうお気づきでしょうが、私はまだ全力ではありません。銀の一族は成人すると、それぞれが『舞』と呼ばれる独自の技術を体得します。逆に言えば、舞が体得できない者は戦士とはみなされない。舞は魔術ではないからこの大会でも使用可能ですが、外では許可がない限り使用できないことになっているので、お見せできないのが残念です。

 もっともジェミャカがその一部を披露してしまいましたが」

「・・・」

「ですので、私も腹いせに一度だけ使おうと思うのです。私は役目を終えたのでこの試合でアルネリアを去りますが、私が去ってあなたが勝ち抜けるのはどうにも納得ができない。なので、アルネリアの魔術を用いても少々の間回復できないほどの重傷を負ってもらいます。

 なに、死にはしないでしょう。もっとも一生残る傷にはなるかもしれませんが」


 ヴァトルカがルナティカをぽいと放りだすと、少しだけ足を開いて構えたように見えた。どのような技が出るかはその姿勢からは読み取れないが、ルナティカはいちかばちか反撃に出ることに決めていた。現時点で勝てないのは明白だが、それでもこのままにされることは誇りが許さなかった。そして同時に、イェーガーの評判を落としたくないとも考える自分に驚いた。


「(傭兵は・・・評判が命。仲間に恥はかかせない!)」


 ルナティカはヴァトルカの筋肉の動きまで含めて、予兆を感じ取ることに全力を注いだ。今なら筋肉が収縮する音まで聞こえそうなくらい、ルナティカの集中力が上がっていく。

 そしてヴァトルカの筋肉の動きから、攻撃方法がおおよそ想定できた。


「(この女、風使い)」


 大気中の風を圧縮して、掌底から撃ちだそうとしている。構えに時間がかかるといえど、魔術よりも圧倒的に出すまでが速い一撃。威力こそ劣るかもしれないが、これだけ速く動ける相手なら、ほぼ確実に一撃を打ち込める。

 くらえばおそらく、内臓がずたずたになるだろう。防御方法はないが、攻撃方法がわかっていればやりようはある。ルナティカはヴァトルカが動く一瞬前に、全力で弾けたように動き出した。



続く

次回投稿は、10/10(水)11:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ