戦争と平和、その234~銀の一族ヴァトルカvsルナティカ③~
ルナティカが二人いるかのような錯覚にとらわれた。直後、ルナティカが高速の斬撃を放つ。それをやすやすと防御したはずのヴァトルカだが、防御の手をすり抜けてルナティカの攻撃が全て命中した。いや、防御したはずの体が動いていないことに気付いたのは、ヴァトルカが地面に仰向けに倒れた時だったのである。
そして何が起きたかは、審判も倒れていることでヴァトルカも気付いていた。
「まさか、毒?」
「知る必要はない」
ルナティカはそのままヴァトルカの足を掴むと、引き摺って外に出そうとした。だが動かす前にその手を掴んで、引き止めるヴァトルカ。
「いつ仕込んだのです? まさか、膏薬の香りが?」
「・・・膏薬は香りをごまかすための一案。毒は服にも、武器にも、髪にも仕込んだ。一晩浸して、私自身も一晩毒の風呂に浸かる。それで完成。近くにいるだけで揮発性の毒が相手を襲う」
「なるほど、あなたは毒に耐性をつけているのですね。素晴らしい!」
ヴァトルカは満足げに微笑んだ。その微笑みの意味が理解できず、ルナティカは嫌な予感を覚えてヴァトルカを場外に引き摺りだそうとした。だがヴァトルカの体がどうにも動かない。
既に毒が回ったヴァトルカの手からは、力が抜けていた。ルナティカは片手ではなく、両手を使って全力でヴァトルカを動かそうとした。だがまるで巨獣を引き摺るかのような重さに、少しずつしかヴァトルカが動かないのだ。
ルナティカは瞬間的に作戦を変更した。まずはヴァトルカの風船を全て叩き割った。ここから一定の時間で戦闘が終了する。審判も倒れていたが、本部審査員が冷静に砂時計を逆さにするのをルナティカは抜け目なく確認した。
だが試合終了までが非常に遠く感じられる。ヴァトルカの速度なら、目の高さから流した水が地面につくまでに自分に致命打を入れるであろうことは想像がつく。圧倒的に有利なはずなのに、ルナティカの方が追い詰められているように青ざめていた。
そしてヴァトルカは悠々と語り始めた。
「相手に気付かれないように仕掛け、そして一矢報いました。賞賛に値します。ですが、どうして致死性の毒にしなかったのか。それが悔やまれるところですね」
「・・・これは競技会。相手を死に至らしめたら負け」
「競技会としてはそうでしょう。ですが、あなたの人生においてはどうか? 私という相手の危険性を本能で理解しているのでは? ここで一人落とせるのなら、それはそれで得だと思いませんでしたか?」
その言葉と同時にヴァトルカは首をぐるりと回転させ、砂時計の残りを見た。そしてにこりと微笑むと、突然跳ね起きたのである。その行為に驚くルナティカ。
「なぜ」
「もう耐性を作りました。即死級の猛毒でもない限り、我々銀の一族を殺すのは難しい。ましてそれが麻痺程度の毒ならば、十呼吸もあれば耐性はできてしまいます。
さて。戦闘終了まで十もないかもしれませんが、私達にはそれで充分。理由はわかりますね?」
ヴァトルカは纏っていた外套と上着を脱ぎ捨てた。夜着のような薄手の格好となり観客の一部が興奮とも歓声ともつかぬ声を出したが、ルナティカはその意味がわかりさらに青ざめた。脱ぎ捨てた上着が地面に落ちると、競技場の一部が重みで割れたからだ。上着は枷。ヴァトルカの速度に制限をかけるためのものでしかないことを、ルナティカは理解したのだ。
青ざめるルナティカを見て、ヴァトルカが微笑んだ。
「まぁ脅すつもりはなかったのですが、気分は悪くありませんね」
そう告げたヴァトルカの姿がぶれたかと思うと、その直後ルナティカは背後から強烈な打撃をくらった。その瞬間、今度は脳天からの衝撃。続けて足払い。ほぼ同時に受けた三度の衝撃に、ルナティカの体が宙に舞う。
その瞬間、全方位からの何十もの攻撃がルナティカに降り注いだ。衝撃があらゆる方向から降り注いだため、ルナティカの体が空中で静止したように見えてしまうほどだった。そしてあまりの速さに何人ものヴァトルカが見え、それが一つに合流するかのような残像を残したのである。
続く
次回投稿は、10/8(月)11:00です。一日遅れたので、連日投稿になります。