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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1694/2685

戦争と平和、その232~銀の一族ヴァトルカvsルナティカ①~

***


 昼の時間が終わると、大会の盛り上がりは一度静まった。会議の休みの時間に合わせて盛り上がるであろう対戦を開催したことは誰もがわかっていたので、残りの試合はそれほどめぼしいものがないと考えている者が多かったのだ。間には女性部門の試合や、その他各種部門別競技などが副会場でも開催され、ある程度観客は分散されていた。

 それにほっとするもの、あるいは苛立ちを覚える者がいた。


「次はヴァトルカね」

「ええ、丁度観客がはけてよい感じです。あまり目立つのは好ましくないので」


 ヴァトルカが衣服についた誇りを払いながら準備をする。準備と言っても彼女にとってはさして緊張する試合でもなし。気合を入れて臨む必要もない程度の遊戯と考えているので、準備運動すらしていなかった。ただ朝起きて顔を洗うがごとく、自然体で望むだけだった。勝敗すら二の次では、興味も持てないのはしょうのないことである。

 そのヴァトルカが部屋の反対側にいる競技者の方にちらりと目をやった。確かシード選手のはずだが、昼の試合を外された男だ。相手の都合で、とのことだったようだが、シード選手よりも都合を優先されるとはいかなる事情があったのか。だが結果として男はそれを伝えに来た関係者の首を締め上げることとなり、周囲に慌てて窘められたが、その際に何人かが怪我をしていた。

 狂犬のように誰にでも手を挙げ、暴力を振るう男。ヴァトルカに人の世の倫理観は通用しないが、他のシード選手とは違い模範ともならず、危険な雰囲気を纏っていることくらいはわかっていた。次の対戦相手がとばっちりを受けることだけは間違いないだろう。


「相当腕が立つことはわかりますし、番としては優秀でしょうが・・・」

「なぁに?」

「いえ、私にも人の好みがあることに気付きまして」


 ヴァトルカは思わぬ自分の意志と感情に気付いたが、どうでもよいことなのでそのまま心の奥底にしまい込んでいた。

 ヴァトルカが雷鳴のようにギザギザに変形した木剣を両手に携え、競技場に向かった。祭祀用にあつらえた剣だが、形状から相手に傷を負わせたり、相手の武器を破壊するにも向いているので、そのまま使用している。もちろん木剣では効果も薄れようというものだが、気に入った形状なのでそのままかたどりしてもらい、今回使用していた。

 実は珍しい武器ゆえにそれなりに観客の注目も集めているのだが、そこには無頓着なヴァトルカだった。

 競技場に出たヴァトルカは対戦相手の表情を見つめる。そこには予想通り、緊張した表情のルナティカがいた。ヴァトルカを恐れている、というよりは自分たちの気配と姿に戸惑っていると言った方が正しいだろう。このような表情は今まで幾度も見てきたので、その心境がわかるヴァトルカは可笑しくてつい笑ってしまった。


「緊張していますか、ルナティカ?」

「・・・正直している。いや、戸惑っている。お前たちが何をしにきたのか、わからないから」

「素直ですね、合格です。素直になれない戦士は弱いですから」

「ではお前は弱いのか?」


 ルナティカの思わぬ切り返しに、ヴァトルカはきょとんとした。


「私が弱い? つまり、素直ではないと?」

「そう思う。お前はややこしいことは元来苦手なはず。力を発揮できないのか、しないのかわからないが、この状況はあまり良いとは思っていないはず」

「どうしてそう思います?」

「多分、私たちが同類だから。私より、ここにいる誰よりもお前たちは強そう。だが全力を出せない。その戸惑いを私は感じている」


 ヴァトルカは自分ですら思いもよらない感情を刺激され、先制打を食らったような不快な気分になった。戦いで主導権を握られるのは嫌いだ。ゆえに、少し趣向を変える気分になっていた。


「私は強いですが、ここにいる誰よりも強いと思うほどは思い上がっていません――が、少しあなたのことを虐めたくなってきました。ちょっとばかり憂さ晴らしをしますので、どうか壊れないでくださいね?」

「私は壊されるつもりはない。ついでに言うなら、負けるつもりもない」


 そう言って離れたルナティカの外套がふわりと巻き上がり、体の下に生傷が増え、包帯まで巻いてあることにヴァトルカは気付いた。昨日の邂逅で焦り、特訓でもしたのだろうか。仄かに膏薬の香りまでさせてなんともいじらしいではないかと、ヴァトルカはぞくぞくするような思いが沸き上がって来た。付け焼刃の特訓など、自分相手には無駄だというのに。

 そんな考えを抱いて微笑むヴァトルカを遠目に見ながら、ジェミャカは手に顎を置いてため息をついていた。


「あーあ、ヴァトルカのスイッチが入っちゃったか。あの子、私にはあれこれ言って冷静な戦士ぶるけど、相手を嫐るところは私よりもよっぽど嗜虐趣味サディスティックだからなぁ。ルナティカを試すのはいいけど、壊しちゃわないかな」


 ジェミャカのつぶやきと同時に、ヴァトルカとルナティカの試合が開始されたのである。



続く

次回投稿は、10/4(木)11:00です。

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