戦争と平和、その231~大陸最高の騎士ディオーレvsハルピュイアのエメラルド④~
「(ここまで劣勢だと、いっそ清々しいな。元々攻撃の剣はそこまで得意ではないが、それにしてもせめぎ合いすらもさせてくれないとは!
随分と大した剣士だが、経験では私が上だぞ?)」
ディオーレには狙いが二つある。一つは息切れ。ここまで圧倒的な攻勢だと、息継ぎをする暇もないことはディオーレもわかっている。問題はハルピュイアたるエメラルドの肺活量だが、これはディオーレもどのくらいのものなのか想像もつかない。
実は団内の誰も知らないことだが、エメラルドは水中で四半刻程度なら息を止めておくことは何ら苦にならない。常に高地で飛びながら歌い続けることができるハルピュイアは種族として人間の十倍近い肺活量を誇るが、その中でもエメラルドはさらに特別なのだ。羽が濡れることを嫌がるので滅多に水にはつからないが、これだけの攻勢を続けながらもエメラルドは全く疲労も息苦しさも感じてはいなかった。
ディオーレもそこまでの想定はしていないが、予測もできない事態を頼りにするほど戦いを運頼みにすることはない。剣を防ぎながらも、もう一つの仕掛けを施していた。それは――
ビキッ
っとひび割れるような音がした。凄まじい攻勢の中、わずかに生じた異音を感じたのは戦う二人だけ。その音がエメラルドの木剣から発生したものだとわかった時、戦いの流れは一気に流転した。
無論、この隙を逃すディオーレではない。自らの木剣の消耗を押さえるように防御しながら、地道にエメラルドの剣にダメージを蓄積させていたのだ。好機とばかりに、防御を解いて一気に前に出る。
だがこれを待っていたのはエメラルド。一挙に決めるべく、あえて一歩引いて間を作った。そこに踏み込むディオーレの視界が、一瞬何かによって塞がれた。それがエメラルドが戦いの邪魔にならないようにたたんでおいた羽だと気付いた時には、エメラルドの剣は死角から飛んできていた。
エメラルドは回転するように羽で相手の視界を塞ぎ、できた死角から勢いをつけた回転剣戟で勝負を決めるつもりでいた。仮にだめでも、組み手からの接近戦でケリをつけるつもりでいた。ハルピュイアのエメラルドは細身でも並みの人間の倍近い腕力がある。まして小柄なディオーレなら、腕力勝負でも抑え込めると考えていた。
だが、エメラルドの木剣は粉々に折れて砕けた。エメラルドの剣を、ディオーレは側頭部で受けたのだ。いや、受けたのではなく、正確には自ら迎え撃った。しかも正確にひびの入った場所をめがけて。
迎え撃つよりもダメージは少ないとはいえ、ディオーレの側頭部には鮮血が流れた。だがディオーレは気にすることもなく、そのまま木剣をエメラルドの喉元に押し込み、地面に叩きつけた。そして胸を膝で抑え込むと、完全にエメラルドは身動きできなくなったのである。
「降参せねば、このまま窒息させるが?」
「・・・降参する」
エメラルドが折れた剣を手放して、敗北の意志を表示した。審判がディオーレ勝利の合図を告げると、会場からは大歓声が飛んだ。もちろん称讃は二人に対し、惜しみなく降り注いだ。
ディオーレはエメラルドの手を掴んで起こしながら、流れる血をぬぐっていた。
「だいじょーぶ?」
「問題ない。さすがに最後の方は無茶をしたが、戦いで無茶をするのは久しぶりだ。若い頃を思い出したよ。とても良い試合だった」
「むー。イイ線いった? と思ったんだけどなぁ」
「その通りだ。実力ではほとんど負け試合だ。だがこう見えて歳と経験だけは重ねていてな。それが勝負の分かれ目だったかもしれん」
「次にやったら、負けないんだから!」
エメラルドは笑顔でディオーレにハグをすると、笑顔のまま観客に愛想を降り注いで去って行った。勝ったわけでないので歌の披露はないようだが、とても負けたようには見えないし、次にこの競技場でやるのは御免だとディオーレも考えていた。今回は勝ったが、あと数回もやれば勝てる気がしないと感じていたからだ。
不細工な戦い方にピグノムからの不満の声が聞こえたが、ディオーレはむしろ懐かしく感じてさえいた。そもそも剣など苦手だったし、やれ才能がないだの、非力だの、手足が短いだの、当時の上官たちに連日のように怒られては半泣きで素振りをしていたことを思い出し、ディオーレはどこか微笑ましい気分に浸っていた。
続く
次回投稿は、10/2(火)11:00です。