戦争と平和、その230~大陸最高の騎士ディオーレvsハルピュイアのエメラルド③~
「さっきからディオーレが防戦一方だぞ!」
「ハルピュイアの姉ちゃん、あそこまで凄かったのか!」
多くの観客が驚いたのは、エメラルドの剣戟の激しさ。イェーガーの面々ですら驚いていたのだが、普段の温和な性格からは想像もできないほどの激しい剣戟だった。斬り、戻し、さらに突くなどの単純な動作があまりに速く、肩から先が見えぬほどの速度に到達している。驚くイェーガーの仲間の中で、インパルスだけが冷静に戦いを見守っていた。
「ふん、ボクの守護者になったのは伊達じゃないさ。本当のボンクラなら、そもそも選んでないからね。でも――」
あそこまでエメラルドを本気にさせるディオーレという剣士が並みではないことは、インパルスにもわかっている。精霊騎士というディオーレの気配は、ただそこにいるだけでインパルスの肌を粟立たせるが、彼女の場合はそれだけではないことも理解していた。ディオーレという騎士の強さを正確に理解しているのは、ある意味ではインパルスなのかもしれなかった。そしてエメラルドが既に限界を超えた速度を出しているのに、攻めきれていないことも。
ディオーレは最初こそ反撃を試みていたが、回転が上がり続けるエメラルドの剣に専守防衛となっている。だが本当の意味ではどちらが攻めているのか。会場の競技者は徐々にそのことを理解し始めていた。
「ディオーレ優位ね」
「ええ、そのようね」
ジェミャカとヴァトルカの意見は一致していた。攻撃しているのはエメラルドでも、消耗しているのもまたエメラルド。このまま攻防の均衡が崩れなければ、時間と共にどちらが有利になるかは明らかだった。
「ハルピュイアの娘も中々見事ですが、攻防を拮抗させているのはディオーレです。それがわからぬ相手ではないでしょう」
「適度にいなし、適度に防ぐ。沼地に釘を打ちこむ気分だろうね。私は苦手とする戦いだけど、ヴァトルカは得意でしょ?」
「できなくはないですが、私もあまり好きではありませんね。ですが私ならもう少しうまくやるでしょうし、何よりちょっと質が違います。あのディオーレとかいう剣士、もっと愚直な性格でしょう」
「? どういうこと?」
「思ったより不細工な戦いが好みの、激情家ということですよ」
ヴァトルカの指摘の意味をジェミャカが理解することはできなかったが、確かに均衡は崩れつつあった。だがおおよその強者たちの想像とは違い、エメラルドの速度がさらに上がり始めた。
もはや上半身の体捌きがほとんど見えぬほどの速度。ほとんど動いていないはずのディオーレのいなしが間に合わなくなってきていた。
「なっ・・・」
「速すぎでしょ?」
誰しも驚いたのは同じだったが、一番驚いたのはインパルスだったかもしれない。強いとは思っていた。そして優しさとその天性の温和な気性ゆえ、全力を振るうことも滅多にしないだろうと。もしエメラルドがその気で剣を振るった時、ひょっとするとロゼッタよりは強いかもしれないとは想像していた。
だが今のエメラルドの速度は、明らかに団内の全ての戦士を凌駕している。ルナティカやヤオですら、ついていくことは困難かもしれない。強敵との全力の戦いが急激に戦士としてのエメラルドの力を引き出すことを、インパルスは予想していなかった。
逆に最も冷静だったのはディオーレだった。竜巻に巻き込まれたような斬撃の中、ディオーレは傷つきながらも冷静にエメラルドの剣を分析していた。
続く
次回投稿は、9/30(日)12:00です。