戦争と平和、その229~大陸最高の騎士ディオーレvsハルピュイアのエメラルド②~
エメラルドが構えを変えると、それに応じてディオーレも変わる。そうしてしばらくディオーレを中心としてぐるぐると回る睨み合いが続いたが、審判が警告を与えようとした瞬間、エメラルドが剣をひゅんひゅんと手の中で回し始めた。
最初は構えを読ませないための行為かと周囲は考えたが、エメラルドの回転は見る間に速くなり、剣が見えぬほどの回転数になっていた。同時にエメラルドが前後左右に小刻みに動き始めると、地面の木の葉が突然ぱん、と弾けた。
「おいおい、まさか剣圧でやったのか?」
「いや、当てたな。ハルピュイアの柔軟で強靭な関節だからできる芸当だ。一回転ごとに間合いを少しずつ変化させている。さながら竜巻のようなものだ。木剣とはいえ、間合いに入ったら細切れにされかねんぞ」
ラインがエメラルドの剣を見ながら答え、賢い方法だと唸った。ディオーレの剣は基本専守防衛からの迎撃。ならば間合いが遠い方、長い方が優勢になるからだ。
そこまでの発想は正しい。だがなぜディオーレがあの体格でありながら、統一武術大会で優勝してきたのか。そこまで読み切れるかどうか。
「(エメラルドが相手なら、ある程度あの人の実力が引き出せるだろう。さて、以前と比べてどうなのか。強くなったか、鈍っているのか。見せてもらおうか)」
ラインの考えていた通り、エメラルドが仕掛ける。ディオーレの間合いのぎりぎりからの一撃。しかも直前で回転の軸をずらしての、袈裟斬り。
対するディオーレはエメラルドの攻撃を剣の腹で受け、受け流しながら斬り込んできた。どんな相手でも攻撃の瞬間は防御がおろそかになる。その間を突いた攻撃だったが、エメラルドはディオーレの攻撃の間合いを読み切ったうえで後ろに飛んだ。
ディオーレが剣の先を放し、弾かれたような勢いで出た上段切りは空振りになったように見えた。だが見る者によっては光ったようにしか見えなかった一瞬の邂逅の後、二人の額は同じように裂けていた。
ざわめく観客と、競技者たち。ほとんどの者には何が起きたかわからなかった。ロッハとチェリオもまた何が起きたかはわかっていない。二人の目にも互いに空振りしたようにしか見えなかったのだ。
「な、なんだ? 何が起きた?」
「当たっていたか?」
「・・・まぁ、剣を使ったことがなけりゃ、わからんよな」
かつてラインもまた、一本とられたディオーレの技である。手の中の柄を滑らせることで剣の間合いを一瞬伸ばす技術。これが実戦なら、相手はわけもわからず脳天を割られることになる。
対してエメラルドが使ったのは、切り払いからの突きへの変化。剣を受け流される瞬間、剣筋を突きへと変化させた。相当な握力と柔軟さがないと、剣が手からすっぽ抜けるだろう。
どちらも達人技だ。一瞬の斬り合いに閃く剣技に、剣を使う戦士たちが唸っていた。
「剣ってのは、意外と繊細なものだ。親指を落とされただけでも剣を握ることはできないし、ちょっと重心が変わったり刀身が変化することで別物に化ける。そこが徒手空拳と異なるところだな」
「拳や爪は雑だってのか?」
「いやいや、そういうわけじゃない。だが、武器ってのは使っていると変形するものだからな。その変形にも対応するだけの繊細さを持ち合わせているかどうかを問われることもある。
一流の剣士はつまるところ繊細かどうか、ということに尽きると思う。その点でディオーレという剣士は非常に繊細だ。
アレクサンドリアの剣技の成り立ちを?」
「いや」
ロッハが知らぬと答えたので、ラインが説明する。
「実は騎士の国なんてのは後付けで、最初は傭兵国家だ。力をもった剣士たちが集まり、領地を占拠して実効支配した。それがアレクサンドリアの成り立ちだ。その過程で救援を請われることが多く、またそれに応えて人を沢山助けたからこそ騎士の国と呼ばれるようになったってのは誇らしいかもな。
最初が最初だから、アレクサンドリアの剣技、なーんてものは実は存在しないのさ。騎士に国なのに二刀の奴がいたり、剣と盾を使う奴がいたり、剣技が統一されきっていないのはそういうことだ」
「なるほど、確かに色んな戦い方の戦士が多かったな」
「だが、見たところ三種類くらいだったぜ?」
チェリオの言葉にラインが頷く。
「ああ。実のところ、無数にあった剣技を統一したのはディオーレという騎士だ。数多の剣技を学び、その中から有効性の高い技術を継承し、磨いた。現在のアレクサンドリアの剣技は、ディオーレが残し、主として使う三流派が主軸になっている。ほとんどの騎士はここから学び、どれかの使い手になる。
つまり、ディオーレこそがアレクサンドリアの剣技の集大成であり、騎士の国を一人で体現するといわれるゆえんにもなっている。もっとも当の本人は主たる流派以外も使うから、アレクサンドリアの剣技など定めた記憶はないと言い張るらしいがな。
今使っているのもそうだ。あんな攻撃方法はアレクサンドリアの騎士では、見たことがない」
「詳しいな」
「まぁな」
チェリオはラインが詳しすぎることを訝しんだが、ロッハは何も言わなかった。ラインが元アレクサンドリアの騎士であることは知っているし、どのような立場にいたかは想像がついている。
そしてラインの剣技もまた、ロッハがこの大会で見たどの騎士とも違うことを、あえてロッハは口に出さなかった。剣技にあかるくないロッハでも、ラインの剣がどのようなものかは何となく想像がつく。ラインの剣は、戦場でより勝つために生まれた、実戦のための剣なのだと。
そしてロッハの視線は会場に戻る。そこではさらに激しい攻防が繰り広げられていた。
続く
次回投稿は、9/28(金)12:00です。