沼地へ、その7~精霊守護者~
***
こちらはエアリアルとウィンティアが話をしている。先ほどの会話において、エアリアルはウィンティアの発言にひっかかる部分があったため、自らウィンティアの元を訪ねていたのだ。
「ウィンティア。先ほどの会話の中に出てきた、『精霊守護者』について聞きたいのだが」
「ああ、そのことですか」
ウィンティアがにこやかにほほ笑む。だがエアリアルの表情は真剣そのものだった。
「精霊守護者とは、私の様な上位精霊と直接契約を交わした人物のことです。人間の世界では精霊騎士と呼んだりもしますね」
「上位精霊と契約を交わすとどうなるのだ?」
「まずその精霊の属性に属することになるので、例えば私が貴女と契約を交わした場合、風の魔術をさらに扱いやすくなるでしょう。修練次第では魔法も使えるようになるかもしれません。その代償として、他の属性とは相性が悪くなりますが」
「要は強くなるんだな?」
「強さの定義にも寄りますが、魔術的な技量を考えれば間違いなく上達するでしょう」
その言葉を聞いて得心がいったのか、エアリアルは頷いた。
「なるほど。ならば頼みがあるのだが」
「私との契約をお望みでしたら、お断りします」
「なぜだ!?」
エアリアルが色めきたつ。そんな彼女を、ウィンティアが悲しそうな目で見つめる。
「いずれはそういうこともあるかもしれません。ですが、今はまだ早い。貴女にその準備ができていないからです」
「準備? どうすればいいんだ?」
「それです。その逸る気持ちがいけないのです」
指摘されて、エアリアルははっとする。
「精霊守護者となるには、その精霊と性質、あるいは魂のありようと言ってもいいですが、そこが似てなければだめです。私は風。ゆえに、時に激しく、時に優しく、心は常に風のように自由に変化しなければいけません。また風のように、常に周囲を包み込むような人物でなくてはいけません。貴女は素質、実力ともに申し分ないですが、精神的にまだ未熟。覚悟も足りません」
「覚悟だと!? 覚悟ならとうに・・・」
「いえ、不足しています」
ウィンティアはきっぱりと言い切った。そのあまりにはっきりとした言い方に、エアリアルも反論できなかった。
「まず精霊守護者となるための代償の話をしましょう。精霊守護者となれば、まず肉体的に最高潮の状態で成長が停止します。有り体に言えば、不老となるわけです」
「と、いうことは」
「ええ。私が何らかの原因で消滅するか、もしくはさらに上位の存在に昇華するか、あるいは貴女が死ぬか。それまでは老いることなく、永久にこの世に存在できます。ですが、それは人として幸せな事ですか?」
「それは・・・」
アルフィリースと生活する中、ミランダの不老不死を知り、その苦悩の一端もエアリアルは聞いている。その時、自分が人間でよかったとエアリアルは内心安堵した。そして不老不死というものが決して良いものではないと思ったのだ。人として生き、人として死ぬ。これが人間の本来あるべき姿なら、それがもっとも幸せではないのかとエアリアルは思う。
ウィンティアはさらに話を続ける。
「なお、私はまだこの世に生まれ出て200年程度。妖精としては異例の速度で上位精霊に昇華しました。ですが、後1000年はこのままでしょう。もし私と契約を結ぶなら、1000年は私と共に生きる覚悟をしてもらわなくてはなりません」
「1000年・・・」
「さらに言うと、私達上位精霊と契約を結んだ者は、実は今までにかなり沢山いるのです。ですが聞いた限りでは、彼らは必ずしも幸せな一生を送っていない。いえ、どちらかというと、悲惨な末路を辿ることが多い。
ある者は祭り上げられ、望まぬ戦いを強いられたあげく戦死。ある者は親兄弟に全て先立たれ、生まれ故郷も戦火に焼かれ、天涯孤独の自分の人生に絶望して自決。またある者は、ありあまる力にその存在を疎んじられ、生まれ故郷を追放。そしてやはり戦火に倒れたと聞きます。最後まで望む生を全うできた者は、ほとんど耳にしたことがありません。そのような人生がお望みですか?」
「我は・・・」
エアリアルは言葉に詰まった。ウィンティアの言う通り、自分にはまだ覚悟が足りないことがよくわかる。
「だがしかし、我は」
「エアリアル、我々には今少しばかりの時間が必要です。東の国、アレクサンドリアには、現在も土の精霊守護者が人の中で生きていると聞きます。もう200年は生きているでしょうか。確か女性で、高名な騎士なのだとか。その者に話を聞いて、参考にしてからでも遅くはないでしょう。また魔女や導師も上位精霊と直接に交渉した者達ですが、彼女達の多くは生まれながらに精霊と契約を結ぶ者として育てられています。そういった意味では、貴女とは少し状況が違うかもしれませんが・・・」
「・・・それでは遅いかもしれないのだ・・・」
エアリアルがぎゅっと拳を握った。ライフレス――あの化け物に、なすすべなくエアリアルは叩きのめされた記憶がよみがえる。もしまた奴が襲ってきたら。あるいはファランクスを倒したあの男が来たら。とてもではないが、アルフィリースを守りきる自信がエアリアルにはなかった。
そのあたりの事情をあまりユーティから聞いてはいないのか、ウィンティアが首をかしげた。
「何をそんなに焦っているのですか?」
「実は・・・」
エアリアルは事情を話した。ファランクスの最後、敵となった英雄王の事。その話を聞いて、ウィンティアの顔色が変わる。
「ファランクスが死んだのは風の精霊たちの嘆きから知ってはいましたが・・・そうですか、そのようなことが」
「そうだ。だから我はなんとしてもアルフィリースを守りたい。今度こそ、なんとしても大切な者を失いたくないんだ」
「なるほど、気持ちは分かりました。ですが、大草原とアルフィリース。どちらか選べと言われたら、貴女はどうしますか?」
「えっ」
エアリアルは言葉を失った。それはエアリアルが考えなければならなかった疑問。もちろんその可能性は頭の隅では考えていた。アルフィリースはこのまま旅を続ければ、大草原にはいつまでもいられない。それは彼女が口にした言葉でもあったし、エアリアルとてわかっていたはずなのだ。そして自分はファランクスの後を継いで、この大草原を守っていくことが使命。大草原には蛮族も多いし、いまだに大草原に迷い込んでくる人間も多い。彼らを導き、大草原を守る。それが当然だとエアリアルは思っていた。
だが、あまりにも今は居心地が良すぎる。大草原でアルフィリースと行動を共にする。これはエアリアルにとって、もっとも望ましい形。自分がこのまま大草原に一人残るのか、あるいはアルフィリースについて大草原を離れるのか。もはや結論をこれ以上先延ばしには出来ないだろう。
それでもエアリアルに即答はできなかった。エアリアルが惑う様子を見て、ウィンティアがため息をついた。
「やはりまだ悩んでいましたか。なんとなくこれまでのいきさつから想像はしていましたが・・・この問いに即答できないようでは、私との契約はまだまだ先のことですね」
「う・・・」
「とはいえ、そのような事態を黙って見過ごすのも情なきこと。何かしら手を考えてあげたいところですが・・・」
その時、妖精が一匹、慌てて飛んで来た。何かしら慌てた様子である。そしてエアリアルにはわからない言葉で、必死でウィンティアに訴えている。その言葉を聞くにつれ、ウィンティアの表情が厳しくなった。
「エアリアル。すみませんが、すぐにでもここを出て行ってもらわねばならないようです」
「どういうことだ?」
「ここに見たこともない魔物の群れが迫っています。妖精達が知らせてくれました。ほどなくしてここに到着するでしょう」
「なんだと!?」
「戦うにしても数が多すぎます。それに他にもここに近づく者達が。先ほどの話に出てきた骸骨の様な男が、その一団にはいるとのことです」
その一言を聞いて、エアリアルが真っ青になった。ライフレスが追ってきたのだ。もはや一刻の猶予もならない。エアリアルには珍しく、動揺が隠せなかった。
「我らはどうすればいい?」
「まず先ほども話しましたが、ここを出て一刻も早く沼地へ向かうことです。沼地は未開の土地。さしものその男も、何の案内も知識もなく沼地に入っても、迷うのが関の山でしょう。上手くすれば逃げ切れるかもしれません。後はフェアトゥーセの知恵に期待するしかありません」
「わかった。ではすぐにここを出る準備をしてくる」
「その前に」
ウィンティアが右手の腕輪を外してエアリアルにはめる。ウィンティアは二の腕にはめていたが、エアリアルには手首から少し上でちょうどいいくらいの大きさだった。
「これは?」
「私からの贈り物です。私達もこの里を直に捨てますが、この腕輪がいずれ私達を引き寄せるでしょう。私達はまた出会わなければなりません。ユーティの事も気になりますしね」
ふふ、とウィンティアが笑う。普段はどうあれ、ウィンティアはユーティのことを非常に気にかけているのだ。
「わかった。ではまた会おう、ウィンティア」
「ええ。あ、その前にユーティをここへ呼んでください。言うべきことがあるので」
「心得た」
そしてエアリアルが去ると同時に、ウィンティアは目を瞑る。それは今から起こるであろう嵐の様な事態に、覚悟を決めていくようでもあった。
続く
次回投稿は4/4(月)22:00です。