戦争と平和、その225~拳を奉じる一族ウルスvsアルフィリース⑥~
***
「そんなバカな・・・なんで姉さんが」
ウルスが負けたのを信じられないといった目で見つめていたのは、弟のマイルス。ここまで勝ち上がった拳を奉じる一族は残り5人となっていたが、負けた者もそれぞれが奥義を封印しての敗北だった。一族でも五指に入るウルスが、奥義を全て使用しながら徒手空拳のみの戦いで負けることなど、考えられない。
マイルスが手すりに手をかけて項垂れていたが、その傍で長ベルゲイと、父タウルスは冷静に試合を見ていた。
「どう、思う?」
「技を見せすぎましたね。ここまでの試合で技を見せなければ、勝っていた試合でしょう」
「あるいはそうかもしれん。だが、かの女傭兵が全ての実力を出したとは限らん」
「まだ何か出すものがあったと?」
「それはわからんが――」
タウルスの信じらないといった顔つきを見て、ベルゲイは黙っていた。まさかウルスを格闘戦で打倒しうる女傑がいるとは、ベルゲイも考えていなかった。ベルゲイの知る限り、ウルスは女性の闘士としては一族最強だった。素質もあったし、タウルスの気性からして鍛錬に手抜きをして育てたとは考えられない。精神的にも若いとはいえど、未熟とはとても言えない。
全ての闘士をベルゲイが育て、見ていたわけではない今回の競技会はそれぞれの実力を見定めるための実践も兼ねており、ウルスは期待以上の実力を発揮していたのだ。これなら『ティタニアの代用』も務まるだろうと考えていたのに、とんだところでケチをつけられたものだとベルゲイは歯噛みした。
ベルゲイがタウルスに告げる。
「とにかく、あの女傭兵は油断ならん。金輪際関わりたくはないな。もっとも、今晩が終われば関わることもないだろうが。
タウルスよ、娘の容態を把握しておけ。相当の重傷だろうが、最悪立つことができれば問題ない。アルネリアの治療士を総動員しても、今晩までに立ち上がらせるようにしろ」
「はっ!」
「そのことですが、一つ問題が・・・」
マイルスがはっとしたように、おそるおそる声を出した。ウルスとアルフィリースの約束を思い出したのだ。ウルスが一族の名前を出して約束をした以上、ウルスはアルフィリースの言うことを一つ聞く必要がある。そのことをマイルスはベルゲイとタウルスに告げていた。
そのことを聞いた瞬間、タウルスの表情が怒りに燃えた。そして他人がいるにも関わらず、怒声を飛ばしていた。
「この、馬鹿者がっ! なぜこのような大事な日の前に、そのような軽率な行動を許可なくとった!」
「ひっ」
あまりの剣幕にマイルスが怯え、周囲の視線が集まった。だが諫めるべきベルゲイもまた、それどころではないと考えていた。怒りに燃えるタウルスとは逆に、ベルゲイの表情は青ざめていた。
「(このタイミングで、そのような契約を? これは偶然か、それとも何らかの情報がある? アルネリアとかの女傭兵は関わりがあるとの話だったが、まさか情報が漏れたのか? いや、だが何のために。アルネリアは我々を使い潰すつもりでいるはず。それはイェーガーも同じだと思っていたのだが)」
ベルゲイの思考は迷走したが、周囲の注意を引いたことで他の者がそっと退散を促したので、その場を引き上げた。そしてウルスの様子を見に行かせるのは逆上したタウルスではなく、他の者を行かせていた。ベルゲイとタウルスもまた、この後試合があるのだ。
だが誓約であるなら無視するわけにもいかない。魔術を用いた契約であるのなら違反すれば重大な罰が下される可能性があり、そうでなくとも戦士の名誉は傷付く。拳を奉じる一族として誇りのみを胸に生きてきた彼らにとって、誇りを捨てることは死と同義だ。口約束だとしても、戦士として一度交わした約束を破れば、彼らは存在意義を失ってしまう。
対策を考えているうち、ウルスの姿がアルネリアの救護室に見えないことを知らされ、ベルゲイは思わず壁を素手で破壊していたのだった。
***
「やりましたね、団長!」
「見事な戦い方でした!」
団員達が歓喜の表情でアルフィリースを出迎えた、アルフィリースは笑顔でそれらに応対したが、戦闘後の疲労と、この後仕事があると告げて全員を下がらせた。
そしてリサだけが残されると、アルフィリースは控室の陰で無言で蹲っていた。傍にリサが水をもってやってくる。
「やはりこうなりましたか。気分はどうです?」
「最悪だわ。毒と強い酒を混ぜて飲んだみたいに、胸やけと動悸がひどい。視覚もぼんやりするわね。こんなのを切り札としていつも使っているわけ?」
「いつもは使いませんよ、命に関わりますからね。副作用は数時間続きます。慣れれば量を調節して副作用を押さえることもできますが、効果時間がやや不安定になりますね。初めて使うので効果時間を確実にするためにやや多めの容量ですから。
アルネリアの治療班を呼びますか?」
「ええ、楓経由でおねがい。肩の筋が断裂しているだろうし、各所の骨が数本折れているわ。薬で消えてた痛みが出てきてる。もう少ししたら我慢できなくなると思う」
アルフィリースは仰向けにごろりと寝転ぶと、リサの帰りを待った。そしてぼうっとしていると、その傍に誰か立っていることに気付いた。視覚がぼんやりしているせいで、その姿だ誰かわからないアルフィリース。やや朦朧とする中でアルフィリースは声をかけた。
続く
次回投稿は、9/20(木)12:00です。