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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その224~拳を奉じる一族ウルスvsアルフィリース⑤~

 ウルスの一撃はすんでのところでアルフィリースに逸らされ、側頭部の皮を薄く傷つけるにとどまる。だが一度間合いを詰めた以上、ウルスは二度と逃がすつもりはない。容赦なく攻撃を上下左右に打ち分け、防御の上からアルフィリースを滅多打ちにした。

 凄まじい連打による反撃に会場が大いに沸いたが、ウルスの拳にはそれほどの手ごたえはなかった。アルフィリースは上半身を脱力させ、拳の威力を半減させている。せめて追い詰める壁があればそれもさせないのだが、遮蔽物のないこの競技場ではそれもかなわない。この連打で下半身を狙った攻撃は大振りになる可能性がある。それにウルスはそれほど足技や蹴りは得意ではなく、拳のみの攻撃に集中せざるをえなかった。


「(それでもダメージはあるはずだ。このまま押し切れば――)」


 本当に勝てるのだろうか? そんな疑問がウルスの脳裏に浮かんだ。疑問は一度浮かぶと決して消えない疑念となって、ウルスの拳を鈍らせる。迷いのある拳で敵が打倒できるだろうか。考えれば考えるほどに際限のない不安がよぎり、ウルスは不安から戦法を変更した。


「『沁破』っ!」


 ウルスが遠当てを近距離から放つ。すると動いたウルスの左手に合わせ、アルフィリースがカウンターを放っていた。


「(やはり乗って来たな! 沁破は発動に隙が大きいのを狙っていたか!)」


 ウルスはわざと隙の大きい『沁破』を接近戦で使った。防御を貫通させるのは効果的な一撃だが、読まれれば諸刃の剣となる。それを承知でフェイントに使ったのだ。

 ウルスの動きが沁破の発動中にぴたりと止まる。アルフィリースは逆に止まれず、出した右拳が空振りになる。


「隙だらけだ!」


 今度はウルスの攻撃がカウンターとなる。そして左掌底ではなく、右膝での沁破。左掌底ほどでの威力ではないが、沁破の威力を受け流すことはできない。現にアルフィリースの上半身は今度こそ大きくのけ反るように吹き飛び、体勢を崩した。

 これで決まる。馬乗りになって適切に攻撃を続ければ、審判も止めざるを得ないだろう。『燎原の火勢』で他人を殺さずにすむ――そんな考えがウルスの脳裏をよぎった。

 それは果たして隙といえるほどの思考だったのだろうか。ウルスがそんなことを考えた瞬間、顎から脳天に突き抜けるように衝撃が抜けた。一瞬ウルスの意識が飛び、四肢の自由が奪われた。崩れ落ちる前に意識が戻ったウルスの目の前に、後転しながら蹴りを繰り出し、着地と同時に構えるアルフィリースが目に入った。

 その様子がおかしことにウルスが気付いた。アルフィリースの体は上気し、息は荒く筋肉は隆起している。先ほどまでの人をくったような態度は影も見せず。そう、まるでウルスの技を真似たかのように、アルフィリースがまるで獣のごとくウルスに対峙していた。


「これは――貴様も『燎原の火勢』を使えるのか?」

「フーッ、フーッ!」


 もはやまともな会話ができないほどの興奮状態なのか、アルフィリースが踏み込みながら一直線に拳を突き出してきた。驚くべきはその速度。先ほどまで滅多打ちにされていたとは思えないほどの勢いで踏み込んできた。

 『燎原の火勢』で反射速度を高め、限界まで集中してなお躱すのが精一杯な速度。


「(相討ち覚悟で反撃しなければ、やられる!)」


 ウルスの本能が防御無視の反撃を選択した。ウルスのかぶせるようなフックがアルフィリースの顔面にめり込んだが、アルフィリースの膝蹴りもウルスの腹部を直撃する。痛みを無視できる技とはいえ、骨が軋む音にウルスにも相当の打撃を受けたことはわかる。だがここで手を止めるわけにはいかなかった。


「うおおっ!」

「フゥーッ!」


 そこからは互いに全力の攻撃の応酬だった。ウルスが様々軌道の拳をアルフィリースに命中させたかと思えば、アルフィリースは柔軟性を活かしての蹴りや肘などを入れていく。違いがあるとすれば、アルフィリースは先ほど肩を痛めたからか、右腕での攻撃がなかった。


「(右だ、アルフィリースの右に回れば死角ができる!)」


 ウルスはアルフィリースの右側に回るべくステップを切った。そこにアルフィリースの左手での裏拳が飛んできたが、ウルスはそれを上体を素早くかがめて躱していた。


「(よし、これで――)」


 その瞬間、ウルスの意識が再度飛んだ。アルフィリースの右拳がウルスの顎を正確に打ち抜いたのだ。ウルスの脳は揺らされ、無防備な状態をさらけ出した。それを見逃すアルフィリースではない。


「あっ――」

「うああっ!」


 アルフィリースの振り下ろす手刀がウルスの顔面を打ち抜いた。勢いのあまり宙を一回転するウルス。そこでウルスは意識を取り戻し応戦しようとしたが、既に下半身には力が入らない状態だった。力なく繰り出される拳に、容赦なくアルフィリースのカウンターが入っていく。

 右正拳での鳩尾突き、回転しての顔面への左肘打ち、さらに突き上げるように右肘、浮いたところに再度鳩尾への膝、そして可変蹴りからの上段蹴り。ぐらりと倒れかけるウルスに対し、肝臓への一撃で体を起こした後、さらに胴回転回し蹴りが命中した。

 地面を転げ回りながら反応のなくなったウルスになお追い打ちをかけようとして、ブランディオがアルフィリースを止めていた。アルフィリースの腕を取り、力づくで制止させたのである。


「やめや、死んでまう」

「・・・フーッ、フーッ」

「お前の勝ちや、アルフィリース」


 ブランディオが勝利宣言と共に、アルフィリースの腕を高々と上げた。女性同士の戦いとは思えない凄まじい打ち合いに、観客は大きな歓声を送った。

 一方で冷静にブランディオが救護班を呼んでいる。


「救護班、はよ来てや! ウルスは重態や、死んでまうぞ? こっちのアルフィリースも様子がおかしい。確認してや」

「・・・いいえ、結構よ」


 だがアルフィリースはその救護を断り、自力で控室に戻っていった。歓声に対しては軽く左手を上げたが、今までと違って笑顔で応えるような真似はしなかった。ただ倒れているウルスにちらりと視線をやると、それだけで去って行ったのである。その背中には、勝者に特有な、そしてアルフィリースらしい清々しさはどこにもなかった。



続く

次回投稿は、9/18(火)12:00です。

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