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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その222~拳を奉じる一族ウルスvsアルフィリース③~

「見えぬ一撃を防ぐのか?」

「見えなくはないわね。目を凝らすと空気が歪むのがわかるし、砂でも巻き上げとけばもっとわかるわ。それに直線でしか飛んでこないのなら、あとは間合いと着弾の瞬間だけわかれば捌くことは不可能ではないのよ」

「言ってくれる!」


 ウルスはさらに手数を増やしながらも、それらを捌いて前進してくるアルフィリースを待ち構えていた。接近してくれば『沁破』で迎撃すべく待ち構えているのだ。そしてアルフィリースが最接近した時、ウルスは最速の二連撃でアルフィリースをのけぞらせた。そして意図通りがら空きの胴へ、沁破を放つ。


「くらえっ!」


 だが地面の連動を足から伝えて掌打に乗せる『沁破』を放つ途中で、ウルスは脇腹に激痛を覚えた。みればアルフィリースの指突が脇に刺さっている。多少の胴打ちなら耐えられただろうが、正確に経絡をついたアルフィリースの一撃は、激痛をもってウルスの体の動きを止めていた。


「ただの攻撃じゃあ止まらないでしょうけど、さすがにツボを正確に突かれたらどうしようもないわよね? 呼吸ができるかしら?」

「が・・・はっ」

「私の打ち放題ね」


 アルフィリースの言葉通り、肺からは空気が一滴残らず吐き出されるような感覚をウルスは覚えていた。呼吸する横隔膜を止める一撃。アルフィリースが放ったのは危険極まりない攻撃だったが、動く相手の経絡を正確に突くのは半ば運任せと言ってもよい。

 だが報酬は大きい。息を吸うこともままならないウルスは防御どころではなく、アルフィリースは無防備なウルスに連撃を叩きこんだ。顔面への正拳から始まり、肘、膝、頭突きとウルスが倒れる暇もないほどの連打が叩き込まれ続ける。見る間に腫れあがるウルスの顔。凄惨な打撃の連打に、会場からは悲鳴も上がっていた。


「容赦なさすぎだろ!」

「止めろよ、審判! 勝負ありだろ?」


 だがブランディオは冷静に試合の経過を見守っていた。ウルスの目から光は失われておらず、致命打になりうる攻撃はまだ入っていない。アルフィリースもまたそれがわかっているから、容赦のない連打を繰り出しているのだ。アルフィリースにしてみれば格闘戦での技術が劣ることは明白で、格上に対して開始早々賭けに勝って掴んだ好機なのだ。必死なのはアルフィリースの方だった。

 そのアルフィリースも心の内で10を数えると、自ら連打を止めて離れていた。ウルスの呼吸が戻ったのが確認できたからだ。沁破は止めたが、風車を始めとした他の迎撃技がどうかは未知数なのだ。ウルスの疲れ具合と呼吸、そして視野を確認するアルフィリース。

 顔面に打ち込んだ肘が効いたのか、右目の周囲が腫れ上がり視野を塞いだようだ。アルフィリースが右に回ろうとすると、いち早く顔が動いていた。


「まだ有利ね」


 アルフィリースの判断は早い。アルフィリースはウルスの右に回りながら飛びこむと、前転しながら蹴りを繰り出した。先ほどの戦いでチェリオが繰り出した、近づきざまの蹴り。アルフィリースは見てそのまま応用したのである。

 ウルスも驚いたのか、腫れた右目の上に一撃をもらってしまう。アルフィリースは付かず離れず、執拗にウルスの右側を攻めた。そしてウルスの右目はさらに腫れあがり、完全に視野が奪われていた。


「ち、右目が――」

「甘い!」


 意表を突くかのように、アルフィリースの重たい蹴りがウルスの右脇腹にめり込んだ。下段と見せかけての可変蹴りに再度呼吸を乱され、ウルスはたまらず距離をとった。

 予想外のアルフィリースの一方的な攻勢に、観客から声援が上がる。


「イェーガーの女団長、強いぞ!」

「せこいと思っていたが、大したもんじゃねぇか!」

「素手が一番得意なのか?」


 様々声が上がる中、冷静にシャイアとティタニアが試合を眺めていた。この二人もアルフィリースの試合に行く末が気になるようだった。


「不動はやはり使えんか」

「はい。拳を奉じる一族とやらの技術は、見る限り大半が呼吸法によるものです。最初にアルフィリースが経絡を突きに行ったのは正しい。あれは沁破を防いだだけではなく、不動も完全にさせない効果があった。現にウルスは防戦すらままなっていない状況です」

「が、これしきで終わる女とは思えん」

「ええ、追い込んでからが強いでしょう。あの戦士は呼吸による技術が半分、残りの半分は呼吸が関係なさそうです。ここからの展開に対抗する策を、あの女団長が用意しているのかどうか」


 シャイアの懸念通り、ウルスは受けたダメージを回復することは諦め、次の攻撃手段に取り掛かっていた。

 ウルスの意識から、既にアルフィリースに対する油断は欠片もなく捨てられた。この女傭兵は強い。あらゆる手段を用いて勝とうとする気概と、準備する周到さ。それに戦闘における類まれな勘と、勝負所をかぎ分ける嗅覚も持っている。軽薄な口調と、そうと感じさせない態度だったが、ウルスに後先考えている余裕はもうなかった。

 ダメージの回復を始めれば、さらに不利になる。次の攻撃で倒しきるしかないことを、ウルスの本能が理解していた。下手をすれば本当に殺しかねないが、もうそんなことを考える余裕すらウルスにはなくなっている。



続く

次回投稿は、9/14(金)13:00です。

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