戦争と平和、その221~拳を奉じる一族ウルスvsアルフィリース②~
アルフィリースはウルスの挑発ともとれる発言に対し、ずいとさらに前に出て威圧した。胸どうしを突き合わせると、体格に勝るアルフィリースからウルスは少し見下ろされる格好になる。アルフィリースはわざと自信家の表情を作り、ウルスを挑発し返した。
「負けるのが怖いの?」
「ふん、私が負けるわけがないだろう。それより貴様の得物はどうした? それとも服に仕込んであるのか?」
「今日は使わないわ」
「何?」
ウルスは我が耳を疑った。ここまで並ではない獣人の戦士に続いて獣将まで素手で退けた自分に対し、何の武器も持たずに来たとアルフィリースは言ったのだ。ウルスはアルフィリースがどのような変わった得物を持ち込むかをずっと考えていたので、今まで苦戦した武器などを仲間に聞いて回って過ごしていたのだ。
だがアルフィリースは再度、はっきりとウルスに向けて言い放った。
「聞こえなかったかしら? 今日は素手で戦うと言ったのだけど」
「貴様、何を考えている? 自殺志願か?」
「いいえ? 私は素手の方があなたとやりやすいと思ったのよ。それに二日間の戦いで、おおよそあなたの癖と弱点は掴んでいるわ。
まだ隠し玉があるなら、早めに出すことをお勧めするわよ」
アルフィリースはウルスの胸を指でとん、と押すと笑顔で下がった。その行為が馬鹿にされたと受け取ったのか、ウルスの表情は俄かに怒りに染まる。
挑発するのが上手いなぁ、と審判であるブランディオは思ったが、それを口にすることはない。ただ挑発で熱くなる種類の人間と、逆に怒りを貯めこんで力に変え冷静になる相手もいる。おそらくこの相手は後者だろうなと思っているのだが。
ブランディオはアルフィリースの手管に呆れながら、開始の合図を宣言した。ブランディオの予想通りウルスは熱くなることはなく、逆に腰を落としてどっしりと構えたのだ。そしてアルフィリースは対照的に、自然体のまま何の構えもとらず、ウルスの周りをぐるぐると回りながら様子を窺っていた。
「やっぱり」
「・・・何がだ」
「あなた、迎撃型の戦士よね? 自分から仕掛けるのがとても苦手なんじゃない?」
「本当にそう思っているのか?」
ウルスはこれがアルフィリースの挑発の一つであることを知っていた。知っていたからこそ、正面から打ち破りたくなる。
ここまでの戦い方で、主に耐えてからの反撃しか見せていない。それは速度に圧倒的な差があるからこその戦い方だったのだが、ウルスは自ら仕掛ける方を元来得意とするのだ。
ウルスが構えを解き、動いた。その場から軽く拳を振ると、アルフィリースの鼻先に衝撃が走った。突然殴られたような感覚に戸惑うアルフィリースだが、つう、と鼻血が落ちたのがわかると、実際に殴られたことに気付いた。
「これは・・・遠当て?」
「『沁破』は一つの形に過ぎない。遠当てにも色々あって、たとえばこれは『乱爪』というが、見切れるかな?」
「まっずい!」
アルフィリースが即座にその場を横っ飛びで離脱した。その場を通過するウルスの連打。そして軽く振る拳から、次々と衝撃波が放たれる。観衆には何が起きているのか理解できず、アルフィリースが一人で転げ回っているように見える。かたやウルスが拳を振っているし、滑稽な演劇にしかみえないのだが、格闘技の心得がある者が見ればウルスの技術に驚いていた。
「小さな遠当てを連射するとは。なんという発想か」
「いや、それよりも実行できることの方が驚きだ。元来下半身から腰、肩、腕への連動で初めて大気を掴むものだと思っていた。それをあんな肩から先だけの動きで可能にするとは」
「柔軟な手首と肩関節が可能にするのか。いずれにしても、見えぬ攻撃が連撃で飛んでくるのだ。躱し続けるのは容易ではあるまい」
そう続けるグルーザルドの獣人たち。最初こそ転げ回ってよけているアルフィリースだったが、徐々に動きが小さくなり、いつの間にかウルスの行動を確認しながら避けるようになっていた。
そしてついには避けるのを止め、その場で遠当ての一つを防御してみせたのだ。アルフィリースは痛そうに顔をしかめたが、止めたことの方がウルスには驚きだった。
続く
次回投稿は、9/12(水)13:00です。