戦争と平和、その220~拳を奉じる一族ウルスvsアルフィリース①~
ウルスの視線にアルフィリースが気付くと、アルフィリースは笑顔で手を振っておいた。それを見たウルスがさらに殺気立つのがわかる。実に直情的でわかりやすい性格だと、アルフィリースが小さく笑う。
そのアルフィリースの背後にリサが立った。
「アルフィ、本当に『その武器』でやる気ですか?」
「もちろんよ。多分私と彼女、少し似たところもあるからなんとなくわかるわ。それにあの手の直情的な手合いは、真っ向勝負で屈服させないと従わない。小細工や事前の仕込みはなし。彼女に関してはね」
「ふぅ・・・それで『これ』を持ち出すと。これも十分な小細工だと思いますけどね。使う前に倒せるといいのですが」
「彼女の勝負手がリュンカとヤオで全て出ていればね。ヤオは問題ないかしら?」
「問題ない。ヤオは心も強くなった」
ニアが傍から援護の言葉を入れた。団長の戦いの前とあって、何人もの団員が応援に来ている。そのヤオはまだ昨日のダメージが抜けていないのと、アルフィリースにまだどんな顔をして会えばいいのか決めきれないのか、ここには来ていなかった。
昨日はセイトが付き添っていた。だがヤオの性格を考えれば、ここにセイトがいない以上、どこかでセイトと共に試合を見ることにしているだろう。アルフィリースはあえてヤオからウルスの印象や癖を聞かなかった。ヤオの心情に配慮したし、ウルスの戦いの癖はもう頭に入っている。
アルフィリースは一度目を閉じ集中すると、頬を数度叩いて目を開けた。そしてそのまま会場に出て行った。
「ちょっと行ってくるわ」
「ええ、ご武運を」
リサがアルフィリースを送り出す。ラインは無言で手をすっと差し出し軽くタッチするだけである。ラインはアルフィリースの表情を見て、安心と不安を同時に覚えていた。
「充実した顔してやがる。一つ間違えれば死ぬかもしれん相手なんだがな」
「――最初は呪印の影響で段々と凶暴になっているのだと思っていましたが、あれが生来の性格なのかもしれませんね。新しいもの、新しい場所、新しい出会い。彼女は常にそれを求めずにはいられない」
「それはわかるぜ。人間はどこかで安息や休息を必要とするが、アルフィリースにとっては未知との遭遇こそが生きる糧となっているんだろう。やがてこの大陸だけじゃあつまらなくなるんだろうな」
「新しい海路でも見つけて旅立ちそうな勢いですね。今まで誰もが成し得なかったことですが、アルフィリースならやってのけるかもしれません。
しかし、いつも天秤に命を乗せるような真似をするのは――」
リサはそれが怖い。もちろんアルフィリースの生き死にもそうだが、アルフィリースは隣に買い物にいく程度の軽い挨拶で、いつか永久にいなくなってしまいそうな気がするのだ。せめてアルフィリースがどこに行くのかを見届けたいと思うのだが、それは叶わない願いだとどこかで理解している自分がいることもリサは承知している。
その気持ちはラインも同じなのだろうか、ラインがリサの肩にぽんと手を置いた。
「心配すんな。そのために俺たちがいるんだ」
「・・・気安く触らないでくれますか、セクハラで訴えますよ?」
「今それを言うかぁ?」
ラインは慌てて手を放し、リサは肩をぱっぱと払った。それは冗談として、ラインの言う通りであることはリサも理解しているのだが。
そして会場の上でウルスとアルフィリースが対峙していた。アルフィリースの方がやや背が高いが、ウルスも女性にしてはそれなりに体格に恵まれた方だ。互いに挑発をするかのように、胸が触れ合う程度の距離で顔を突き合わせた。そこまで接近する必要はないのだが、意思表示というところなのか。
ウルスがアルフィリースに問いかける。
「恐れずによく来たものだ。あの獣人の娘を倒したことで棄権するかと思ったが」
「なんで棄権しなきゃいけないの?」
「獣人の耐久力であの様だ、人間が受ければどうなるか。昨日は審判が上手く止めたが、今度はそうなるとは限らんぞ?」
アルフィリースは審判の方をちらりと見た。今日の審判はメイソンではなくブランディオだ。アルフィリースはブランディオのことは良く知らないが、ミランダの選定は信頼している。それにアルネリアの巡礼は全員底知れない強さを持っている気配がするが、この神父はその中でも格別に見える。
まぁどちらも死ぬことはあるまいと、アルフィリースは予想する。ただ、ぎりぎり死の近くまではいくことになるというのは、確信に近い。
続く
次回投稿は、9/10(月)13:00です。