戦争と平和、その218~剣帝とシャイア①~
そしてティタニアは段上からチェリオの様子を見たが、チェリオはふらふらながらも片足で跳ねながら自力で戻って来た。そして告げるのだ。
「おい、ティタニア。賭けは俺の負けだ」
「そうですね」
「いずれ一発当てに行く。それまで死んでくれるな」
「逢引の約束はどうしますか?」
ティタニアにしては戯言である。そんなことを言えるのはティタニアがチェリオを戦士として認めたからなのだが、チェリオは薄く笑って返した。
「冗談よせ、今度出会うなら戦場だ。戦場でそんな悠長なことを言っていられるかよ」
「それは失礼しました。貴殿は芯から戦士なのですね」
「残念なことにな。もうちょっと平和な時代に出会いたかったよ」
「そうですね」
それきりチェリオは自ら競技場から去って行った。手を貸そうとするアルネリア関係者の手を丁重に断り、去りゆく背中に会場からは万雷の拍手があったが、チェリオはそれに応えることはしなかった。
それもまた見事なものだとティタニアは見送り、自らはゆっくりと控室に引き返した。そこで彼女を出迎えたのは、思わぬ相手だった。
「感動しました!」
「あなたは?」
ティタニアに駆け寄ってきたのは、ティタニアの胸の高さ位の背丈しかないだろう少女。少女はおさげを揺らしながら羽帽子を取り、丁重にティタニアに礼をした。
「失礼いたしました。私はシャイア、旅の武芸者です。先ほどの試合の戦い方に感動し、つい話しかけてしまいました。不躾ながらご容赦を」
「いや、失礼ということはないでしょう。私も一介の武芸者に相違ない。それに大それたことをしたつもりはないですが」
「いえ、『観の目』と『後の先』。どちらもあれほどの領域に達したものを見たことはありません。すべからく武芸百番に通じる技術かと考えます。
武芸は基本こそ奥義。あれほどの領域に達するのに要した鍛錬に、敬意を払ったのです」
ティタニアの眉がぴくりと動いた。先ほどの試合でティタニアが何をしていたのか、正確に理解している者はほとんどいないだろう。それは戦ったチェリオですらそのはずだった。
だがこの少女はおそらく正確に理解をしている。そして自らの動きを見て、どのような応用がきくのかも想定ができているはずだ。この少女は容易ではない。この年齢で先ほどの戦いが理解できるとなると、これからどの程度の武芸者に育つのか楽しみである。
ティタニアは俄かに興味が湧いてきた。ジェイクといい、なかなかどうして人間の世界にも将来有望な人材がいるではないか。
「・・・やはり、時に人里に降りることは必要ですね。この大会に参加した意義はあった」
「はい?」
「こちらの話です。他に用がなければ行きますが?」
「・・・実は、恥を忍んでお願いしたいことがございまして。伝説の剣帝殿に、助言をいただきたく存じます」
ティタニアの眉が再度動いた。剣帝の伝説は数百年も前のこと。それから類似した伝説はちらほらとあるが、そのどれをも関連付けて考える者は少ない。ティタニアは千年も前から周期的に休眠と活動を繰り返していることを知る者など、数えるほどしかいないだろうからだ。
確かにわかる人間には非凡ならざる技量をみせたが、それだけで自分を剣帝と断じることはできないはずだ。アルフィリースか、あるいはアルネリアの関係者でもない限りは。ティタニアは他の者に聞こえないように声を顰めながらも、鋭く質問した。
「なぜ私が剣帝だと? 姿形の伝承は様々なはずですが」
「さる人物が貴女をそうだと知っています。正直、その話を聞いてから貴女に話しかける機会を窺っていました」
「なるほど。それが誰かは後で聞きたいところですし私が剣帝かはさておき、何のために助言を受けたいのかを聞いておきましょうか」
「ただ、復讐のために」
可愛らしいシャイアの容姿からは想像もできない憎しみの炎が、瞳に灯った。ティタニアですら一瞬のけ反りかねないほどの殺気。一瞬だけ解放されたそれはその場にいた競技者の何名かを振り返らせるには十分で、注目を浴びてしまったティタニアは少し気まずい気分になった。
続く
次回投稿は、9/6(木)13:00です。