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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その217~統一武術大会四回戦、獣将チェリオvs剣帝ティタニア④~

 チェリオが再度飛びこんでくる。今度は素早くしゃがみこんでの足払いから、片手で体重を支えての頭上からの蹴りに変化した。想定外の攻撃に、思わずティタニアが防御のために手を使った。蹴りをいなしたところに、さらに回転をつけてチェリオの蹴りが飛んできた。

 突き蹴りをすんでのところで躱すティタニアだが、髪をまとめていた赤いリボンにかすり、髪がほどけた。

 チェリオはそのリボンを拾うと、ティタニアに投げてよこした。


「返すぜ」

「紳士なのですね」

「髪ってのは人間の女には重要なんだろ? 獣人だって、雌は丁寧に毛づくろいするもんな」

「ふむ。礼というわけではありませんが、私も少々貴殿を侮っていたようです。先ほどの賭けは当然有効ですが、こちらも本気でいかせていただきましょう」


 ティタニアが腰の木剣を場外に放って捨てた。そしてわざわざ予備の武器のところに行き、そこに設置していた大剣も外して捨てたのだ。

 ざわめく会場と、目を丸くして驚くチェリオ。ティタニアはいつもの場所より高い位置で髪をくくりなおすと、腰を落として徒手空拳の構えを見せた。素手で戦う意思表示をするティタニアに対し、チェリオが訝しむ。


「・・・何の冗談だ? まさか私は『拳帝』だ、なんていうんじゃないだろうな?」

「そこまで洒落ているつもりはありません。ただ一つの武芸は万事に通ず。当然素手での戦いも心得ていますし、貴殿にはこの方が戦いやすいと考えたまでのこと。他意はありません」

「そうかよ。なら思い切りいかせてもらう!」


 躊躇も柄の間、チェリオが再度襲い掛かる。今度は前転からの側転、そのまま側宙から両足で踏みつけるように降下。ティタニアは小さく後ろに飛んで躱すが、着地したチェリオはすかさず地面を這うような足払いを繰り出す。これを小さく前足だけを上げて躱したティタニアは踏み込んで反撃しようとするが、回し蹴りを途中で止めたチェリオが踵を軸に後方宙返りでティタニアの顎を狙う。

 危険を察知したティタニアがこれも後方宙返りで躱すが、チェリオはその着地する足を狙って飛びこんでの足払いを狙う。一瞬ティタニアの足が先につくと、ティタニアはそのまま前宙に切り替えてチェリオの攻撃をかわす。

 宙に飛ぶティタニアと、チェリオの視線が交錯した。チェリオはニヤリと笑い、ティタニアめがけて突拳を突き出す。ティタニアはその拳をとると、宙で回転して軸を変え、地面に足をつけると勢いでチェリオを投げ飛ばした。

 チェリオはきりもみ状に飛んだが、勢いに逆らわず、そのまま側転から後転へと切り替えて距離をとった。ここまでの一連の攻防がほぼ一呼吸。観客は盛大な歓声を二人に送る。ミランダもまた賞賛の声を上げる。


「ティタニアに俊敏さはあまりないと思っていたのだけど、獣人並みじゃない?」

「そうじゃな。まぁあれほど武芸に秀でた者が体術をつかえないなど、考えられんが」

「武器を奪うっていう計画プランは、役に立たないと」

「少なくとも、決定打にはなるまい。加えて魔術もある。誰も情報を持たぬゆえ、どれほどのものかはわからぬがな」


 ミランダの対ティタニア打倒の計画に中には、競技会場での暗殺という案もあった。ティタニアの大剣を木剣に置き換えさせた際に、多人数でもって取り囲んで始末する方法である。

 問題は、そもそもティタニアが武器を選ばなかった場合。誰かの武器を取り上げられるだけでも脅威になる。そしてティタニアの魔術が未知数なことも、思い切った作戦に踏み切るだけの決断に躊躇いを与えていた。

 ゆえに、今日夜の襲撃計画には期待をしている。ティタニアの実力と、少しでも情報を引き出してくれないかと期待しているのだ。もちろんそのまま打倒してくれればいうことはないが、ミランダとミリアザールはそこまで過剰な期待をしていなかった。

 今はチェリオがティタニア少しでも打撃を与えてはくれないかと期待しているのだが、試合の風向きはまたしても変わりつつあった。


「いけぇ!」

「当てろぉ!」


 チェリオの奇抜な攻撃はずっと継続されている。飛びこむと見せかけて、前転ですれ違いざまの蹴り。攻撃してから一度下がると見せかけての、後ろ回し蹴り。フットワークとステップのリズムを変えながら、つかずはなれず常に仕掛け続けている。

 それらを全てティタニアは冷静に捌きながら、チェリオのことを観察していた。当然チェリオも観察されていることには気づいているので、徐々に嫌な感じがまとわりつくようにじりじりとした圧力にさらされていた。


「(互いにほとんど有効打はなし。このままじゃあ点数の問題で俺の負けだが、まさか時間切れを狙っているわけではないだろうな)」

 

 チェリオがそんなことを考えた時、ふいにティタニアの姿が大きくなった。まるで余計なことを考えたことがわかったかのように、絶妙な意識の空白にティタニアが距離を詰めてきたのだ。

 チェリオがぎょっとした時には、既に腹にティタニアの拳がめり込んでいるところだった。


「気を緩めましたね?」


 女の拳とは思えないほど重い一撃に膝が笑うが、崩れ落ちそうになるのをこらえてチェリオは後転で距離をとろうとする。その軸となる腕に蹴りが入った時、チェリオは自分の骨が折れる音を聞いた。


「~~」

「これで攻撃方法が減りました」


 腕を折られながらもチェリオは苦痛の声すらあげず、転がりながら体勢を立て直してティタニアに向き合った。その目の前に既にティタニアが滑るように迫る。ステップを多数踏んで幻惑させるチェリオと対照的に、滑るように最短距離を移動し、仕掛けるティタニア。

 再度拳が握り込まれるのを見て、チェリオはティタニアを突き放すため前蹴りを放つ。その蹴りをティタニアは腕で払うのではなく、蹴りで払っていた。

 ティタニアが初めて放つ蹴りに驚くことなく、チェリオは払われた反動を活かしてさらに回し蹴りを放った。ティタニアは踏み込みかけた姿勢から蹴りを回避すべく上半身を低くしたが、チェリオの蹴りは変化して足を振り上げた格好でぴたりと止まる。


「かかったな!」


 チェリオの渾身の可変踵落としがティタニアに振り下ろされる。上半身をかがめたティタニアは左右に避けることもできなかったが、蹴りに合わせて頭を沈め、右足を軸にして回転するように避けた。そのままの勢いをさらに利用し、今度はティタニアが回し蹴りに移行する。驚いたチェリオは折れた側の腕を狙われると思い、折れた腕を差し出して反撃する覚悟で上半身を守ったが、ティタニアの蹴りはさらに変化し、チェリオの踵落としが不発になって軸足となった膝を直撃していた。

 再び鈍い音がし、チェリオは膝が砕けたことを知った。


「オオオッ!」

「ハァアア!」


 防御すらままならないチェリオに、ティタニアの蹴りがあらゆる角度から飛んでくる。残った腕でせめてもの防御をしようとするチェリオを嘲笑うかのように、ティタニアの蹴りは柔軟に変化した。

 そしてついにチェリオが立っていられなくなったところで、ティタニアは宙に飛び、回転しながら今まで軸足としていた左脚で背面蹴りを繰り出していた。

 ティタニアの渾身の一撃とでもいうべき蹴りは、体格にはるかに勝るチェリオを場外まで吹き飛ばした。そしてティタニアが着地し、ティタニアの勝利が宣言されると観客は大いに沸いたのである。



続く

次回投稿は、9/4(火)13:00です。

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