戦争と平和、その216~統一武術大会四回戦、獣将チェリオvs剣帝ティタニア③~
数手先に、確実に詰むことがわかったのだ。
「あっ・・・」
チェリオはその流れを感じた瞬間、ティタニアが最初からここまでを想定して武器を振るっていることを察していた。ティタニアにとっては、先の決まった盤上遊戯と同じなのだ。だがそう感じた瞬間、チェリオの行動は自らも思わぬものだった。
「うおおっ!」
チェリオは何も考えず、一直線に突進していた。そこに技術も戦術もあったものではなく、見た目にもチェリオにとっても不細工な突撃だったのだろう。だからこそティタニアは一瞬虚を突かれた。思わず反撃をしたが、それらはチェリオの風船を割るも深手とは言い難い当たり方だった。
ティタニアが少し顔をしかめた。
「浅くなるとは・・・未熟なり」
「ふぅうう」
チェリオが一度距離をとって呼吸を整えた。観客は点数が動いたことで盛り上がったが、腕の立つ者たちはこの戦いが終わらなかったことに気付いていた。
そしてチェリオの様子が一変する。構えを解いて、自然体で立っていたのだ。
「あんまり衆目にさらすつもりはなかったんだがな・・・ここまで極上の獲物を前に、出し惜しみなんて馬鹿な真似はもったいないよなぁ」
「まだ本気ではなかったと?」
「いや、本気だったさ。ただあくまで、グルーザルドの軍人としてだ。俺個人としては、まだやれることはある」
チェリオが上体を低くし、前後左右に足踏みを始めた。その様子は戦いのための歩法には見えず、リズミカルに踏まれるゆっくりとしたそれは踊りに見られるような軽快な動きだった。
ティタニアも見たことのない動きに、警戒心が上がる。
「舞踏、いや、舞闘の類ですか」
「いくぞ!」
チェリオが急に前に踏み込んできた。ティタニアは当然迎え撃つべくポールアクスを振り下ろしたが、チェリオは突然その場で前転した。いや、前転だと思わせて手を軸に踵がティタニアの脳天に襲い掛かる。
「踵落とし。奇襲か」
その動きに合わせてティタニアもポールアクスの出を遅くし、迎撃しようとする。だがティタニアのポールアクスが通過しても、まだチェリオの踵は落ちてこなかった。いや、そもそも飛びこんだ位置が遠いのだ。ポールアクスがぎりぎり届く間合いなのに、蹴りが届くはずがない。
そこでティタニアは目を疑った。最初に地面にチェリオがついていたのは右手。だが今は左手だけで体を支えている。
「腕で歩法だと――」
ティタニアは危険を察し、ポールアクスを捨てて右斜め前に飛びこんで逃げた。そのすんでのところを、チェリオの踵落としが通過する。右腕で体を支えて踵落としをすると見せかけ、左腕に切り替えることでポールアクスの軌道から体を逸らし、同時に攻撃してきた。
足で支えて腕で攻撃するのではなく、その逆。腕で支えて、脚で攻撃してきた。ティタニアも見たことのない武芸に、驚きの表情を隠せなかった。
その反面、悔しがるのはチェリオである。
「ちっ、これも当たんねぇのか」
「それは、なんという流派だ?」
「知らねぇよ、南の森の蛮人が使ってたやつだ。なんでも奴隷が繋がれたまま反撃するために考えられたとか、踊りが元だとかなんとか。元々使っていた民族は絶滅しちまったらしいし、名前も知らねぇ戦い方だ。
だが気に入っている。戦場じゃあ使い物にならないが、一対一ならこれほど相手の予想の裏をかける武芸もないからな!」
続く
次回投稿は、9/2(日)13:00です。