戦争と平和、その214~統一武術大会四回戦、獣将チェリオvs剣帝ティタニア①~
グルーザルドも不干渉として沈黙を決め込むような場所であったはずだと、ニアは記憶している。ロッハは続けた。
「奴はボルサヌーアのまとめ役の一人だ。最も年若く、やり手だったと聞いている。ドライアン王に見いだされた経緯は不明だがな」
「なるほど、ならば型破りで当然か」
「だが王は実力無き者を獣将には取り立てはしない。チェリオの本気を見たことがある獣人はおそらく王以外にはいないだろうが、王の話では王を後退させたらしいぞ?」
「それは――」
獣将どうしは既に戦い方がわかっていることもあるが、獣将三人がかりでもドライアンを守勢に回らせることすら難しい。それを単騎でのけぞらせたとなれば、いかなる戦い方をするのか。
獣人達の注目が集まる中、既にチェリオはティタニアと対峙していた。審判のお決まりのルール説明を聞きながら、チェリオは自分より頭一つ以上小さいティタニアを静かに見下ろしていた。
チェリオは対戦相手の情報収集に余念がない。当然この相手が黒の魔術士の剣帝であることは既に掴んでいたが、この静かで獣人の目にも美しい女性を眺めていると、伝説の剣帝なのかと疑わしくなってしまうのだ。だからチェリオには珍しく、挑発以外で相手に声をかけてしまったのだ。
「おい、一つ聞きたいんだが」
「なんでしょう?」
相手の声は澄み渡るように美しい。その清涼な瞳で見つめられると、思わず胸が高鳴りそうになるのをチェリオは押さえた。
「お前がティタニア本人か?」
「私の名前はまごうことなくティタニアですが。本人なのかとはどういうことでしょうか?」
「伝説の剣帝なのかと聞いている」
審判は巡礼のウルティナだったが、当然彼女が本物のティタニアだと知っている。その質問に思わず眉が動いたが、ティタニアは声を荒げるでもなく自然に答える。
「伝説かどうかは知りませんが、剣帝と呼ばれたことはあります」
「本物かよ・・・なんでこんな大会に?」
「私の目的は武器の収集、つまりこの大会の賞品であるレーヴァンティン。それ以外に目的はない――いや、なくもありませんが」
ティタニアはジェイクの顔を思い出してつい笑った。その笑顔が思わぬほど眩しかったので、チェリオは自分でも思わぬことを口にしていた。
「・・・イイ女だ」
「うん?」
「試合が終わったらデートを申し込みたい。どうだ?」
「対戦相手同士で私語は慎むように!」
思わぬ会話の方向にウルティナが口を挟む。だがチェリオの申し出に思わず面喰ったティタニアだが、チェリオの表情が真剣なのを見ると、薄く笑って答えた。
「私に一撃入れることができたら考えましょう」
「一撃でいいのか?」
「それができた相手が今まで何人いたか――」
ティタニアの周囲からざわりと闘気が立ち上がる。ウルティナが距離をとるように伝える前に、チェリオは思わず飛びのいていた。
「言っておくが、獣将相手に遠慮はしませんよ?」
「・・・ははっ、こりゃあ極上の獲物だ。戦士としても男としても、申し分ねぇな」
チェリオの胸に沸き上がる感情は歓喜。チェリオはネズミ族であり、決して戦闘向きではない。速度でヒョウ族に勝てず、敏捷性でネコ族に劣る。下手をすると人間よりも体格にも劣る者が多いネズミ族は、多くが荷運び、下働きでその人生を過ごす。獣人の中でも下層に分類されることが多い彼らは、軍属でも伝令などが精一杯で、卑屈な態度で過ごす者が多い。
チェリオはその中でも異端だった。体格は普通の鼠族よりは二回り、三回りも大きく、戦闘に秀でた。だが生まれと育ちに恵まれず、グルーザルドのような光の当たる世界は縁がないと思い込んでいた。
だからこそボルサヌーアという裏世界でのし上がろうとしたのだが、ドライアンに見いだされてから人生が変わった。彼はグルーザルドではなく、ドライアンという個人に忠誠を誓う戦士である。
ゆえに個人としての感情を廃し、ドライアンのためにはどんな汚い仕事でもやり遂げるつもりでいた。そこに戦士の矜持は不要で、妻なども娶るつもりはなかったのだが。チェリオは内心で毒づいた。
「(カッ! 所詮は俺も卑しいネズミかよ! 憂さ晴らしと肩慣らし、それに諜報も兼ねて出場したこの戦いで本気を出したくなるとはよぉ! が、俺の本能が言ってるぜえ。これは生涯何度も出会わない獲物だってなぁ! たとえ死んでも、全力で戦わなきゃ損ってなもんだ!)」
チェリオの極限まで高まった集中力は、ウルティナの開始の合図と同時にティタニアに拳が届く速度にまで反応が上がっていたのである。
続く
次回投稿は、8/29(水)13:00です。