戦争と平和、その212~統一武術大会四回戦、エアリアルvsジェミャカ③~
エアリアルは放った手裏剣と同時に、相手に猛然と襲い掛かった。可能であれば急所を攻撃して昏倒させる。最低でもここで風船を全損させ、時間まで逃げ切る。それ以外に細かな作戦は用意していなかった。
だがエアリアルの攻撃を、ジェミャカは全て正面から受け止めた。当然風船は全損したが、エアリアルはまるで山を突いたかのような手ごたえに狼狽する。ジャミャカの体格に比して、明らかに重すぎるのだ。
そしてジェミャカの瞳をエアリアルは見た。ルナティカの銀の瞳はその感情をうかがい知れないことが多いが、ジェミャカの銀の瞳は明らかに憤怒の色に染まっていた。その声色もまた、先ほどまでの軽薄な口調とは違っていた。
「本当はこのくらい避けれるんだけどさぁ、面倒なんだよね。マジ、イラッとしたから潰すね?」
「ジェミャカ!」
ヴァトルカの制止も聞かず、ジェミャカが地面を強く踏み慣らした。すると地震が起きたのかと錯覚するほど、会場全体がぐらりと揺れた。飲み物を取りこぼす観客や、階段から転げ落ちる者まででるほどの揺れ。
当然対峙するエアリアルも体勢を大きく崩し、その顔面にジェミャカの拳が迫っていた。鈍い音と共に、エアリアルが回転しながら吹き飛ぶ。宙を吹き飛ぶエアリアルは審判であるメイソンに直撃し、かろうじて場外を免れていた。
「ちっ、柔らかい上半身だね。自分から審判の方に飛ぶなんて」
ジェミャカの拳には、骨を砕いた感覚はほとんどなかった。それどころか泥を叩いたかのように、柔らかいものに触れた感覚しか残っていなかった。
逆に、勢いをしっかりと殺しながらもこれだけの衝撃を受けたことに驚きを隠せないエアリアル。ダロンに全力で殴られたことはないが、おそらくはダロンやウィクトリエの膂力を優に上回るだろうことは想定できる。まともにうければ骨が砕けるどころか、まさに肉も骨も粉砕されるに違いない。
下敷きになったメイソンが質問してくる。
「棄権するか、しますか? 砂時計は半分以上残ってますが」
「いや、まだだ。それよりこの会場の魔術封印の効果範囲について聞きたいのだが」
「? それなら――」
メイソンの答えを聞くと、エアリアルは自らジェミャカに突撃した。その行為を見て、ジェミャカが残酷に微笑んだ。
「いい覚悟だ。玉砕は嫌いじゃないよ?」
「玉砕するつもりはない」
エアリアルは短便の束を再度ジェミャカの顔面に放った。ジェミャカはそれを反射的に腕で防いだ。体は『舞い』で硬化してあるが、もし目にでも当たろうものならさすがにダメージは避けられないからだ。
上半身を防御に使用したジェミャカは、蹴りあげる格好でエアリアルの腹を狙う。そこにエアリアルが蹴りを合わせ、ジェミャカの蹴りを踏み台にする格好で宙高く飛んだのだ。
「あっ、しまった」
エアリアルの体は、会場の一番高い席よりも上にまで到達していた。さしものジェミャカの身体能力をもってしても、あそこまでは飛べない。つまり、エアリアルが降りてくるまで手出しができないのだ。
ジェミャカは残り時間を確認する。ギリギリではあるが、なんとか一撃を加える時間は残りそうだ。落ちてきた瞬間、一撃を加えて終わり。会場まで吹き飛ばすつもりだし、おそらくは瀕死になるだろうがそのくらいは構わないだろうとジェミャカは考えた。
「ははっ、時間を稼いだつもりだろうけど、それじゃあ躱せないよ? 客席まで吹っ飛ばしてやる!」
「躱すつもりなど毛頭ない」
《寄りて来たりて塊となれ、塊となりて弾となれ。分けて穿つ矢となり貫け》
「ハアッ!?」
エアリアルは上空で魔術を使い始めた。なぜ魔術を使えるのかも疑問だし、さすがにこれは想定外である。ジェミャカは思わず競技台の下に待機しているメイソンを問い詰めた。
「おい審判! 魔術は反則じゃないのか?」
「さぁな。貴様にこの言葉を再び贈ろう、ちゃんと規則を読んだのか、と」
「お前ぇ!」
ジェミャカはメイソンを殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、それどころではない。既にエアリアルが詠唱を終えた風の槍が無数に宙に浮いていたのだ。
【風矢連弾!】
ジェミャカにとって避けることは不可能ではないが、この狭い範囲に打ち込まれるとなると、風の矢の間にいるだけでも間に発生する真空で切り裂かれるだろう。
ジェミャカが足を広げ構えをとり、今度は軽くぽぉんと飛ぶ。
「地舞の二形、地槍蓮華――」
「風舞の四形、北風断ち」
エアリアルの魔術が、横から来た風の刃によりまとめて吹き飛ばされた。エアリアルの目には、ヴァトルカが何かを蹴りで放ったように足を上げているのが見えた。その姿を見て、ジェミャカが大きくため息をつく。そうしてエアリアルが着地した。
エアリアルは何が起きたかを理解できていなかったが、戸惑うエアリアルを見てジェミャカがぽつりとつぶやいた。
続く
次回投稿は、8/25(土)14:00です。