戦争と平和、その210~統一武術大会四回戦、エアリアルvsジェミャカ①~
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「見た? ヴァトルカ」
「ええ、見ましたよジェミャカ」
銀の一族の二人は、バネッサの戦い方をしっかりと見ていた。基本的に人間の戦いなど気にしない二人だが、この武術大会では注目に値する人間が何人かいた。そのうちの一人がバネッサである。
力が強い、動きが速いだけでは測れない強さをバネッサが持っていることは二人も既に認めていたのだ。ただそれが何なのかまでは、二人も理解できていない。
ジェミャカが問いかける。
「私たちの『舞い』が通じるかな?」
「試してみないとなんとも。ですが、同じ攻撃は二度通用しない可能性は高そうですね」
「うーん、試してみたいなぁ」
明らかにうずうずしているジェミャカを見て、ヴァトルカが窘めた。
「いけませんよ、次の試合で我々の目的は達成されるのです。これ以上目立つのはよくない。私達はそもそも人中にいるだけでも目立つ容姿なのですから。髪を染めてもすぐに戻ってしまうのですし。染料にも限界があれば、興奮すると元の髪色が出かねません」
「はいはい。まーったく、つまんないよね。こんな大会、私たちがその気ならあっという間に優勝なのに」
「それは出来て当然のことなので、何の自慢にもなりません。それより人間の恐るべき能力は追い詰めた時と、集団戦にあると推察されます。いかな私たちとて、一人で万の軍勢に立ち向かえるとは限らない。忘れたわけじゃないでしょうね?」
「千ならなんとかなるかもしれないけど、万ともなると上のお姉さまたちじゃないと無理かもね。それより万も人間を相手にしたら、雑魚でもお腹いっぱいになりそうだわ!
それより私は極上の一人をゆっくりと味わいたいかなぁ。次の相手が美味だといいのだけど」
そう言って双錘を手にしたジェミャカが会場に向かう。次の試合の相手は――エアリアルだった。
ジェミャカは会場に向かう中で、ラスカルの姿を見かけて手を振った。少し驚いた表情をするラスカルが、その隣の肥満体型の少年に小突かれている。そういえば統一武術大会に参加していることを、まだかの少年には話していないのだった。
驚いた顔が可愛いと思うのだが、実際の活動年齢で考えれば彼らほどの年齢なのかとも考える。
「婆共の戦略とやらのせいで、私たちの活動時間は無茶苦茶だからね。ヴァトルカよりはるかに早く生まれているのに、実活動時間が短いせいで肉体年齢に差が出るしさ。あの婆共、いつかシメる」
ジェミャカの愚痴とも決意ともとれない言葉と共に、ジェミャカはエアリアルと対峙した。エアリアルに関しては予め下調べをせずとも、その周囲の精霊の騒ぎ方を見ればどのような存在なのかは想像がつく。
だが魔術で精霊が遮断されているからではなく、今のエアリアルの表情があまりに冴えないので、ついジェミャカはエアリアルをからかいたくなった。
「ハァイ、そこのうかない顔のお姉さん?」
「・・・何か用か」
「何か用か、ですって? これから殺し合うのにつれないのね?」
「何を言っている。これはただの競技会だ、殺し合いなど――」
そこまでエアリアルが言いかけた時に、エアリアルは後方に吹き飛んでいた。ジェミャカが前蹴りで突然蹴り飛ばしたのである。不意打ちとはいえしっかりとガードしたつもりだったが、防御に使った槍は完全にへし折れ、それでもなお衝撃が背中まで貫通した。競技場の端近くまで吹き飛ばされたエアリアルはすぐには立てず、軽くはないダメージを負っていた。
ジェミャカはエアリアルの表情を確かめるようにしながら話しかけた。
「ヘイ、目が覚めた?」
「・・・ああ、ちょっとばかり刺激が強かったがな」
「腑抜けた相手をボコっても面白くないからね。ちょっとは健闘しなさいな、ファランクスの娘でしょ?」
審判であるメイソンがエアリアルの隊長を確認しながら、じろりとジェミャカを睨む。
「貴様、わざとだな?」
「あー、ペナルティだっけ? はいはい、風船二つね」
ジェミャカは全く悪びれもせず、最も点数の高い心臓と背部の風船を叩き割った。その行為を見て、メイソンがさらにジェミャカをじろりと睨む。
「次にやったら反則負けだ。それにその靴も脱げ。十分凶器として認定する」
「あれ、ばれた? そーれっ」
ジェミャカはぽいっと底の厚い靴を放り投げてよこした。それを受け取ったメイソンが顔を少ししかめながら二つとも受け取った。
それをなんともなかったかのように競技場の下に降ろすメイソンを見て、ジェミャカが興味深そうにメイソンをじろじろと見た。
「へ~、その靴を二つとも受け取るなんて、おっさんやるね。これなら少々暴れても巻き込まれて死なないかしら?」
「・・・おい、エアリアルとやら。気を付けろ?」
「?」
「あの靴、片方で大人くらいの重さがあった。あれを履いて動き回れる脚力、尋常じゃないだろう。棄権する機会を見誤るなよ?」
「わかっている。言ったろう、目が覚めたと。この戦い、一つ間違えれば命がないのは充分承知した」
エアリアルの目には光が完全に戻っていた。そして首を曲げたり肩慣らしをしながら待つジェミャカのすぐ後ろ、競技台の下にヴァトルカがいつの間にか立っていた。その表情は相当に険しかった。
「ジェミャカ、まさか本気でやるつもりじゃないでしょうね?」
「おお、怖い顔しないでよヴァトルカ。ちょっとアガって来ただけじゃない。まだ足枷を外しただけで、ちっとも本気じゃないんだから」
「どうだか。あなたがちょっと撫でるだけで簡単に人間は死ぬのですからね。くれぐれも『舞い』だけは使わないように」
「言われなくてもわかっているわよ」
へらへらと笑うジェミャカだったが、どこまで本気なのかは判断がつきかねる。ヴァトルカは少々の犠牲と情報の漏洩を覚悟しながら、控室に戻っていった。
続く
次回投稿は、8/20(火)14:00です。