戦争と平和、その209~統一武術大会四回戦、神殿騎士イライザvsバウンサーのバネッサ③~
バネッサにしては虚を突かれた形になるかと思ったが、イライザの高速の二剣をもってしてもバネッサに当たらない。一度距離をとると、バネッサはとんとん、とステップを踏んで体勢を立て直す。
「ふぅ~危ない危ない、もうちょっとで一撃もらっちゃうところだったわね。思い切りのよさと二剣への持ち替えは称讃するけど、加点するほどじゃないかな。さっきので決められなかったのは痛いわね。そう考えると減点10かしら?」
「・・・貴女にとって戦いとは何なのですか? まるで遊戯のように楽しんでいるようにしか見えない」
「その通りだけど? 私にとって戦いは人生の一部であると同時に、生活の手段にしか過ぎないわ。人生って恋したり悲しんだり、色々と忙しいでしょう? 戦いとその修練に明け暮れて終わるなんて、まっぴらごめんよ」
当然のことを聞くなとでもいわんばかりに目を丸くしたバネッサを見て、イライザは逆に諦めがついた。確かに彼女は自分とは人種が違う。話が通じないわけでもない、残酷なわけでもない。これは『天才』と呼ぶべき人種に当たるのだと。
イライザはそれでも精一杯の抵抗をした。相手が天才だとしても、そろそろ負けないと大会を盛り下げる結果になると釘をさされていたとしても、手を抜いた攻撃をしたことは一瞬たりともない。
それでもバネッサにはイライザの剣はかすりもしなかった。バネッサの完勝とでも呼ぶべき内容的に一方的な試合だったのだが、傍目には激しい打ち合いの末決着がついたように見えたのか、観客が盛り下がることはなかった。戦い終わって声援が各所から飛んでいる。
「いいぞー、バネッサー!」
「イライザも強かったぞー!」
イライザはその声援を受けて各所にお辞儀をし無表情で会場を去って行ったが、臍を噛むような思いが頭にこびりついて離れなかった。ここ数ヶ月の激しい鍛錬で上達した手ごたえはあったのに、また高い壁が現れたと感じたのだ。
一方、笑顔満面で手を振って会場の声援にこたえるバネッサを見て、むしろのっぺらぼうは薄気味悪いとすら思っていた。
「ウィスパーよぅ。姉さんの戦い方を見るのは久しぶりだが、あの人の能力ってなんなわけ? あの神殿騎士はかなり強かったろう? ああまで一方的に制圧できるものなのか?」
「能力、というほどの何物かを持ち合わせてはいない。ただ天才なだけだ、あれは」
「天才? ウィスパーがその言葉を持ち出したのを初めて聞いたんだが」
「それはそうだ。銀の一族を知っている私にとっては、天才という者のは彼女たちに比肩する能力を持っているということだ。人間に対して天才という言葉を使ったのは、バネッサが最初だ」
ウィスパーがつぶやく。その声は観衆の声援に遮られ、のっぺらぼうにしか届くことはない。ウィスパーは続ける。
「あれに私は、アルマスの訓練を施していない。いや、一応施しはしたが、どれも軽く突破された。バネッサと出会ったのは、彼女が13歳の時。たまたま彼女の活動範囲内で組織の者がしくじり、当時13歳のバネッサに制圧された。まだ彼女は戦士としての訓練を誰からも受けておらず、ただの給仕だったにもかからわず、だ。バネッサに戦士として適性があることを、わざわざ教えてしまった」
「まぁ、組織の者だってしくじることくらいあらぁな」
「当時の三番だぞ? 貴様、自分が戦闘経験の全くない少女に取り押さえられる状況を想像できるか?」
「あー・・・できねぇな」
「私もそうだった」
ウィスパーが遠い目をした。状況を把握しにいったところ、当時の三番は殺されるわけでもなく、拘留されるわけでもなく、ただ酒場を荒らした罰として労働を強いられていた。何の拘束もなくそんな仕打ちに応じたのは、ただただバネッサから逃げられなかったからだと当時の三番は答えた。
その三番の首を刎ねると、ウィスパーはバネッサの前に立った。いや、正確にはウィスパーの分身が目の前に立ったのだが、バネッサはそれすら初見で看破した。
「出迎えに行った私の分身は、抵抗する間もなく制圧された。そしてバネッサは言ったのだ。本体が前に来るのなら話をしましょう、そうでなければこちらから出向いて殺す、と。
バネッサは自らの平穏を崩されることを何より嫌う。組織で私の姿を知るのは、大老とバネッサの二人になった日だった。そしてバネッサは私の部下となることを受け入れ、今にいたるということだ」
「・・・いやいや、肝心なところ省いたよな? なんでそんな強いバネッサがアルマスに属したんだ?」
「一つは奴の母親を丁重に世話し、弔った。診た時には不治の病であり半年ももてば良い方だったが、金銭や薬を惜しみなく治療した結果三年持ちこたえた。大したことをしたと私は思わんし、それだけ持ちこたえたのは本人の気力だと思うのだが、いまだにバネッサはそのことを恩に感じているらしい。義理堅いのだよ、あれは。
もう一つは高給だ。たまに働くだけで、平民が一生見ることのない報酬を手に入れることができる。奴の目標を知っているか? 老後に備えて今から貯蓄することだそうだ。世界一の暗殺者が老後の心配をしていると知ったら、世界中の傭兵はどう思うのだろうな。声を大にして叫んでやりたい要求にかられるよ」
「はぁ、なんかもうどこで笑えばいいのかわかんねぇな。それで、なんで酒場用心棒のバネッサなんだ?」
「出会った時から奴は酒場の下働きだ。戦えることをさすがに隠せなくなり、給仕をしながら用心棒もするようになった。ただそれだけだ。あれだけ強いとギルド所属でないのも不自然だから、念のため登録しておけと伝えた。
傭兵としてはほとんど活動していないからランクはB級どまりだが、実力は確実に勇者以上だ。銀の一族を倒すための戦力を育てるためのアルマスだったが、それ以外のところから銀の一族に匹敵する者が出てくるというのは、どうにも皮肉めいていると思わないか?」
組織に対する批判ともとれるウィスパーの言葉に、のっぺらぼうはどこか楽しそうに肩を竦めて応えていた。
続く
次回投稿は、8/18(日)14:00です。