戦争と平和、その205~統一武術大会四回戦、ヴェンvs神殿騎士アリスト⑤~
ラインの言葉通り、徐々に動きが鈍っているのはアリストだった。遠目にはほとんどわからないが、汗をほとんどかいていないヴェンに対し、アリストは既に汗だくとなっていた。
「(この人・・・どれだけ体力あるんですかねぇ)」
「どうした、動きが鈍ってきているようだが?」
革紐でつながれているので、当然それらの引っ張り合いで互いに体力を消耗している。だがより消耗しているのは、仕掛けたアリストだった。自ら仕掛けたせめぎ合いなのに、アリストの目論見と外れてきていたのだ。
「いや、あなたがここまで鍛えているとは想像していなかったので。その線の細い体のどこに体力があるんですか?」
「線が細いのは元々だが、鍛練を一日たりとも怠ったことはない」
ヴェンがぐい、と革紐と引っ張るとアリストはバランスを崩し前につんのめった。と、見せかけて一気に前に出るアリスト。間合いを取る戦い方を選択したとばかり思っていたヴェンだが、アリストはヴェンの最後の風船を割りにきたのだ。
一気に肉迫し、残ったヴェンの右腕を抱えるように抱きついたアリスト。同時に樹脂性の球を投げ放ち、跳弾でヴェンの背中の風船を割った。これでヴェンには残る風船はなく、カウント経過で負けになる。
そしてヴェンの動きはアリストによって封印されていた。アリストは左脚をヴェンの右足の後ろに置き、距離を取れないようにしたのだ。アリストは爽やかに微笑んでヴェンにそっと囁く。
「さて、ここから逆転の一手が打てますか?」
「いや、これを待っていた」
アリストとヴェンの間は拳一つもないほどだった。そこにヴェンは腰の回転だけで拳一つ分の隙間を作り出す。
アリストがそれをまずいと思う間もなく、ヴェンの拳がアリストの脇腹にめり込んでいた。
「うぐ・・・」
間合いのない状態から放ったとは思えないほど重い一撃。腹に杭でも打たれたのかと思うほどの衝撃を受けた。だがアリストもこれしきで怯むわけにはいかない。後退すれば不利になるのはわかっていたので、さらに前に出て間合いを潰そうとする。
その動きに応じ、無慈悲に鳩尾にヴェンの木剣の柄がめり込んだ。アリストの勢いも利用して放たれた一撃は、アリストの肺から全ての空気を押し出すほどの衝撃を与えていた。
「~~~」
「君なら、そう来ると信じていた」
さすがに体勢を崩したアリストの喉元に、ヴェンの木剣が突きつけられた。このまま時間経過を待てばアリストの勝利には変わりないのだが、喉元に剣を突きつけられることがどういう意味を持つのか、戦士であればわからない者はいない。まして大観衆がいる、名誉ある統一武術大会なのだ。
アリストは悶絶していたように見えたが、呼吸をすぐに整えると敗北を宣言した。
「参りました。やはり勝てなかった」
「そうでもないでしょう。鎌が鋭利な武器だったら、もっと苦戦していたのは間違いない。紙一重だった」
「実戦ならまた違った結果かもしれませんが、実戦ではあなたとはやりたくないものだ」
「ええ、それはお互いに」
二人は握手を交わすと、大歓声の中爽やかに互いの健闘を讃えて去って行った。ミランダがその様子を見ながら、不満そうにつぶやいた。
「・・・アリストのやつ、わざと負けたわね」
「そうですか?」
「確証はないけど、是が非でもは勝ちに行っていないわ。ある程度盛り上げて、そして負けた。まぁアルネリア関係者があんまり勝ち進んでも白けるし、汚い手段での勝利は観衆も納得しないでしょう。そもそも優勝するつもりなら、あなたを参加させているわけだしね」
「ですが私も優勝できるとは限りません」
「普通にやればそうね。それでも上位4人には食い込むはずだけど? 買被りかしら」
ミランダの言葉に、アルベルトは沈黙した。だがミランダはふっと笑って、次の試合に集中した。
「まぁ謙遜はいいわ。でも今日の試合には集中しておいてね? 本番は夜――大捕り物に使えそうな戦力を集めないといけないのだから」
「はい、もちろんです」
アルベルトは短く返事をすると、いつものように油断ない表情でミランダの傍から試合を見守ったのである。
続く
次回投稿は、8/10(金)15:00です。