戦争と平和、その204~統一武術大会四回戦、ヴェンvs神殿騎士アリスト④~
「魔術が使えないのは残念ですが、その方が実力はわかりやすいか」
アリストは《加速》などの身体強化系の魔術を使用できる珍しい神殿騎士だが、この会場では魔術使用禁止となっている。素のままの身体能力で勝負するしかないことが、逆にアリストに覚悟を与えた。何も考えず、戦いの高揚に身を任せるのはアリストにとって久しぶりのことだった。
戦いの高揚は思わぬ力をアリストに与える。三歩を踏み込んだ時には、既にヴェンが射程に入っていたのだ。
「ぬん!」
アリストはまず鎖鎌のように、木鎌をヴェンに投げつけた。木製の鎌では殺傷力もないためあくまで牽制の一打にしかならないが、アリストの扱う鎖鎌は蛇のようにヴェンの左木刀と首をまとめて巻き付く形で絡みつく。さらに先端は剣帯に食い込んだので、簡単に外せるものではない。
アリストとヴェンの半身の動きを封じた状態で対峙することになったが、二人の距離は剣が当たる間合いではない。そしてアリストがつけた木球の射程が、手元でするすると伸びていた。
「ああっ」
「そうか、棒で革紐を固定しているんじゃなくて、棒の中を通しているのか」
「それなら射程は必要に応じて調節できる。便利な武器だな」
「――契木術だな」
遠巻きにこの戦いを観察していた藤太がぼそりと呟く。隣には雉子が静かに控えて会場の下見と偵察を兼ねていたが、怪しまれないように夫婦で観戦に来ているように取り繕ってのことだった。
その雉子が聞いたことのない武術に、思わず聞き返した。
「なんだい、その武術は?」
「あまり使い手はいないけどなぁ、捕縛用に発展した武術だと思ってくれればいいさぁ。長棒の先に紐や鎖付きの鉄球を取りつけ、相手の武器を絡めとる戦い方さぁ。そのまま打ち据えることもあるが、武術としては鎖鎌術の方が殺傷能力は高いから、あまり使う者を見たことがない。まして鬼相手ならなおさらだなぁ。
あの男もそんな武術のことは知らないだろう。おそらく手元にあった物を工夫して戦った結果、ああなったんだろうね。あるいは子供の戯れとして覚えたか」
「じゃあ子供騙しってことかい?」
「どんな武術でもそうだが、扱い手の技量によるだろうさぁ。それにどうやら、相手の木製の球は普通じゃないぞぉ?」
アリストが扱う反対の木製の球は、複雑怪奇な動きをしていた。革紐に繋がれている以上一定の軌道でしか動かないはずなのだが、手元の長さを調節しながら回すせいか、動きが一定に見えなかった。
加えて、アリストが地面に叩きつけたその球の速度は、地面に当たった後の方が加速してヴェンに迫ったのだ。
ヴェンはすんでのところで躱したが、またしても点数を失った。
「!? 木ではない?」
「一応大会側の許可はとってますよ? これも木からとれたものですから。殺傷能力は低いですが、木製のものより便利ですからね」
アリストが用いているのは、樹脂から作られた球。弾力に富むそれは、殺傷能力はほとんどないが、落とした高さよりも高く弾むほどに弾力に富む。これをアリストは武器として用いることにしたのだ。
発想の元は、藤太の予測通り児戯。アリストの集落にこの樹脂を用いた玩具を作ってくれる杣がいたという、ただそれだけのことなのだ。だがアリストの戦い方にヴェンも、そして会場全体が驚いたのも事実。
まだ跳ねるだけならいい。だが勢いをつけて引き戻される球は、いわば死角からの攻撃となる。見えない場所からの高速の攻撃には、いかにヴェンとてもそう簡単には対応できない。気付けばヴェンの風船は残り一つとなっていた。観衆の中から、エクラが叫んだ。
「何をしているの! あなたは私の騎士でしょう? しっかりしなさい!」
エクラの声援が聞こえたかどうかは定かではない。だがヴェンの動きは徐々にだが、アリストの攻撃に対応を始める。
「・・・当たらなくなりましたね」
「ああ、そうだな」
感想を漏らすセイトとロッハ。吐き捨てるように言うのはラインである。
「けっ、ヴェンの奴の読みの鋭さは俺より上だ。ムカつくくらいに冷静で、読みがいい。同じ攻撃は二度通じないと思った方がいいな。それに図体もデカいくせに、スタミナが馬鹿みたいにありやがるから速度も落ちないときた。まぁ普段から隠れて徹底的に鍛えてやがる賜物だな。
見てろ、そろそろ決着がつくぜ」
「と、いうと?」
「猛獣を、いつまでも鎖に繋いでおけると思うなってことさ」
続く
次回投稿は、8/9(木)15:00です。できれば三日連続投稿にしたい。