戦争と平和、その203~統一武術大会四回戦、ヴェンvs神殿騎士アリスト③~
「おいおい・・・」
「速すぎだろっ!」
この大会に参加する競技者達も驚く速度。もはや打ち合う剣は見えなくなり、剣を振るう二人の姿すら体捌きの速度にかすみ始めていた。
この速度の打ち合いには、神殿騎士団やミランダですら驚た。思わず隣に控えるアルベルトの袖を引くほどには。
「・・・アリストってあんなに強いの?」
「いえ、私も初めて見ました。アリストはほとんど我々とは手合せをしないもので。アリストと手合せをするのは、ジェイクくらいではないでしょうか」
アルベルトもまた驚きを隠せないが、ジェイクにはまだアリストが底を見せていない気がしていた。強さには色々な種類があると思うが、ジェイクはいつもアリストの強さに違和感を覚えている。
「(まっすぐじゃないんだよな、アリストの強さは。いつも隠しているというか、遠慮している感じだ。剣も本当は一番得意な武器じゃないんだろう。本当の意味では、きっとアリストは騎士に向いてはいない。アリストは――)」
騎士じゃなく、本当は傭兵のような戦士が向いているのではないかとジェイクは思っていた。そして今振るう剣を見て、ますますその確信を強めている。守備を基本の型とするアルネリアの剣からは、どんどん遠ざかるアリストの剣。受けるのではなく、流し切り返す。アルネリアの攻防の型にない剣に、神殿騎士団たちがざわめきはじめた。
既にヴェンの剣速は、ターラムで見せた時よりもはるか上となっている。ヴェンの剣速を追えるのは、イェーガー内でも数えるほどしかいない。その剣速に、アリストは難なくついていっているのだ。
そしてもはや数えることもできないほどの打ち合いの中で、ついに互いの木剣が折れた。アリストの剣はヴェンの剣を二刀で受けた時に二本とも同時に折れてしまい、ヴェンもまた剣が折れてしまっていた。
互いににらみ合うと、ふっと笑う二人。互いの風船は半損。点数にすれば互角だった。至近距離ではあったがそのまま格闘に持ち込むことはせず、ゆっくりとそれぞれの予備の武器に所に歩いて行くと、観客が忘れてたように声援を上げた。
「いいぞ!」
「もっと打ち合え!」
観客は自分たちの要求を口々に叫んだが、二人の耳にはもはや届いてはいなかった。ヴェンは今度は予備の木剣を二本とも取り、二刀の構えを見せた。同じ長さの二刀は、イヴァンザルドと同様である。だがイェーガーの誰もが、ヴェンの二刀など見たこともない。
「ヴェンが二刀?」
「そんなこともできるのか?」
そして驚くイェーガーの面々よりも、もっと神殿騎士団の方が驚いていた。アリストの残り武器はなんと、皮でつないだ木鎌と棒、さらに棒の先端には木製の球をつけた武器だったのである。
目にしたことのない神殿騎士だけでなく、一般の観衆も驚いていた。このような武器は見たことがないからだ。
「あれは?」
「そんな戦い方あったか?」
アリストの予備の武器の意味を知るのは、ミリアザールだけ。ミランダやアルベルトも情報だけは与えられていたが、実際に目にするのは初めてだった。
ミランダは初めて納得し、感想を漏らした。
「なるほど、あれがアリストの本来の武器。騎士になる前に盗賊団とやらを壊滅させた時の武器ね。農民出身だから、剣なんかそうそう持っているわけがないものね。使えそうな農具を改造して作った。そんなところかしら」
「・・・その盗賊団ですが、ミリアザール様に聞いたところ、ただの盗賊団ではなかったと」
「うん? どういうこと?」
「いえ、そもそもアリストを発見した状況に違和感を覚えたのです。盗賊団を壊滅させるアリストを見て、神殿騎士団に勧誘したとのことでした。ですがなぜ、その場所にミリアザール様が?」
「そういえば、そうね」
首を傾げたミランダに、アルベルトは続けた。
「盗賊団はかなり悪名高い盗賊団で、国境をまたぎながら略奪行為を繰り返したため、うかつに軍隊が派遣できなかったそうです。そして国軍までをも撃退したことで、アルネリアに討伐依頼が出たとのこと。その時ミリアザール様は諸侯の面子を気にして、密かに口無しの精鋭を率いたそうですが、口無しの精鋭が討ち漏らした連中を、残らず当時のアリストが片付けたそうですよ」
「何の訓練もされていない農民が? ありえないわ」
ミランダの感想はもっともだったが、ミリアザールがアリストを勧誘した理由は他にあった。その場でアリストを盗賊団と勘違いした口無しの精鋭を、アリストは何名も撃破している。アルネリアの暗部を見られたからには仲間にするしかなく、半ば恫喝のような形でミリアザールはアリストを仲間に引き入れた。
当のアリストは守るべき者は全て失った直後であったためミリアザールの提案を受けたが、アリストが仲間になって胸を撫で下ろした口無しが多かったのは事実である。ただその事実はその場にいた者達たちの中だけに伏せられることになった。
天才。ミリアザールはアリストのことをそう形容したが、その本領を発揮することも顕示することもなく、アリストは静かに過ごしてきた。アリストが上級騎士となるほどの何の功績を挙げたのかは誰も知らないが、ミリアザールが実力を評価しての抜擢だった。
そのアリストが好敵手を得て、任務の中でも出すことのなかった実力を発揮し始めていた。
続く
次回投稿は、8/6(月)15:00です。