戦争と平和、その200~統一武術大会四回戦、ラインvsアレクサンドリア師団長④~
「(そういやこいつ、本来二剣使いだったな。アレクサンドリアの剣にそんな流派はほとんどないんだが、大人しい顔して使う剣がとんでもなく荒々しくて有名だった。以前はまだ線が細かったから強引な方法で斬り伏せることもできたが、結構危ない思いもした。思い出してきたぞ)」
ラインとイヴァンザルドの対峙を見て、レクサスとルイが感想をつぶやく。
「レクサス、どう見る?」
「俺のは我流っすけど、あれは剣技ですね。二剣の流派、しかも小太刀との組み合わせじゃない二剣なんて、初めて見ましたけど」
「そうなのか?」
「二本の剣を持てば強いなんて、素人の発想っすよ。普通は一本の方が強い。二本持つなら長さを変えて、剣筋を変えるとかが常道ですが。さて、どうなることやら」
レクサス同様ルイの所感も同じようなものだが、もう一方ではアレクサンドリアの騎士が話し合っている。そこにはディオーレもいた。
「イヴァンザルド殿が二剣になったぞ」
「それほどの相手ってことか」
「そりゃあそうだろ。だって相手は軍で逸話になるほどの――」
「シッ!」
ディオーレの前ゆえ慌てて仲間の口を塞ぐ騎士だが、ディオーレは試合に集中しており、その会話を聞くことはなかった。
「(さて、どうする? イヴァンザルドの二剣は、魔術なしでは私でも苦労する。見せてみろ、お前の本気を。そして私のところまで勝ち上がってこい!)」
ディオーレの瞳が輝きを増す。そして――
「オオッ!」
気合と共に先に仕掛けたのはライン。居合ほどではないが、間合いを二歩で詰める高速の剣技。イヴァンザルドの間合いに一瞬で入ると、剣を振るのではなくぎりぎりまでイヴァンザルドの攻撃を誘発する。
ラインの初撃を防いでから反撃するつもりだったイヴァンザルドだが、ラインの飛び込みに思わず反撃の薙ぎ払いが出る。ラインはそれを滑るようにいなすと、そのまま一撃を打ち込もうとする。
イヴァンザルドが躱す、反撃をラインが流す、さらに繰り出される一撃をラインが躱して反撃をイヴァンザルドが防ぐ。目に見えぬほどの高速の攻防に、観衆は盛り上がるのも忘れて見入っていた。
「高い次元で拮抗しているという意味では、間違いなく今大会一番の攻防だな」
「ええ」
控え室から顔を出したロッハとヴェンが感想を漏らす。そしてレクサスがイヴァンザルドの剣について、ルイに見立てを述べた。
「驚いた。あの騎士は左右を全く同じに使えるんっすね」
「両利きか?」
「もちろん生来の利き手はどっちかあるんでしょうけど、完全に均等に使えるように訓練をしています。ここまで見事な二剣使いは見たことがない。腕力も十分だし、顔に似合わず血の滲むような努力と、天性の負けず嫌いがないとああはならんでしょうね。あそこまで二剣を使いこなされては、手数で絶対的に不利になる。
姐さん、見てください。攻防が崩れますよ」
「イヴァンザルドが優勢か?」
「いえ、ラインが優勢です」
「ほう?」
ルイにはイヴァンザルドの方が一見優勢に見えたのだが、レクサスの方が目はいい。攻防の機微を察したのか。そしてレクサスの言う通り、徐々にラインの方に余裕が出てきていた。
「くっ?」
イヴァンザルドの顔色に初めて焦りが出た。最初はラインが受け流しも使っていたのだが、今ではほとんどの攻撃をラインは避けている。ただラインからの攻撃もほとんどなく、イヴァンザルドが一方的に攻め立てているように周囲からは見えた。
ディオーレが呟いた。
「剣筋を読まれたな」
「は? まだ戦い始めてそれほど経っていませんが?」
「それでもだ。相手の読みの速度は普通ではない。対してイヴァンザルドの剣は正統派過ぎて、読みやすいとは以前から指摘されていた」
「誰に?」
「・・・」
それはほかならぬラインがかつて指摘したことなのだが、ディオーレは黙っていた。ラインは先手を取ることでイヴァンザルドと斬り合いに持ち込み、そして優勢に思わせておいてこの展開に持ち込んだ。時折挟まれるラインの反撃が鋭く、イヴァンザルドとしては攻撃の手を緩めることができない。
さりとて距離をとろうにも、全身を連動させて攻撃をつなぐ二剣の攻撃でここまで連撃を繰り出すと、距離をとるために使える体の部分が残っていなかった。
「(攻撃の回転を上げ過ぎた! ここまで攻めさせられるとは)」
イヴァンザルドが気付いた時にはもう遅かった。攻撃の回転が止まった時には致命的な一撃をもらうことは確定した。
イヴァンザルドがそう考え、ならば最後に一花咲かせようと無理を承知で攻撃の速度を上げた時、その中にラインの攻撃が割って入って来た。そして一瞬でイヴァンザルドの前面の風船を全て破壊すると、喉元に剣を突きつけていた。
「背中はやめておく。騎士にとっては屈辱だからな」
「・・・もう十分屈辱を味わいましたよ」
「いーや、味わい足らんね。俺がかつて上官に受けたイビりにくらべりゃ、まだまだだ」
「私に一撃入れないので?」
「その必要がねぇ、これは競技会だぞ? 勝敗はついた、誰の目にもな。それにだ」
ラインが木剣を収めながらつぶやく。木剣を収めた後で反撃すれば、イヴァンザルドは騎士としての誇りを失うことを知っての行為だった。
そして次の一言がイヴァンザルドの負けを決定づけた。
「お前のような美男子を打ち据えた日にゃあ、女どもから石の雨が降ってくらぁ。これ以上女衆に嫌われると、仕事が成立せん」
「これは・・・なるほど。私の負けですね」
イヴァンザルドが剣を手から離し、敗北を宣言した。勝利者として呼ばれるラインだが、割れんばかりの観客の声援に軽く手を振っただけで、振り向きもせずに去って行った。
その背中を遠目に見ながら、ディオーレがつぶやく。
続く
次回投稿は、7/31(火)15:00です。