戦争と平和、その198~統一武術大会四回戦、ラインvsアレクサンドリア師団長②~
いくらディオーレが来ているからといって、従者に師団長を連れてくるかとラインは驚いた。しかも首都にいるおかざりの師団長ではなく、ディオーレが率いる辺境所属の三軍の師団長。ダントツの現場担当の師団長だ。実力は推して知るべきだろう。
「(加減は無理だな。全力でやって勝てるかどうかってところか)」
ラインがそんなことを考える中、前のディオーレの試合が終わった。残り人数が少なくなってくれば控室で直接顔を合わせるかと思っていたラインだが、ここまで一度もそのようなことはない。今日も控室は反対だった。
縁があるのかないのか。それはまだわからないが、ラインとて無様な試合をするつもりは毛頭なかった。
「さて、どのくらい俺の実力が通じるか試してくるかね」
「副団長、しっかり!」
「勝ってくださいよ!」
仲間の声援を受けながら競技場に立ったラインの前に、イヴァンザルドはいた。たたずまいは穏やかで、端正な顔立ちはむしろ社交場の方がよく似合う。注意して見なければ、最前線にいるとは想像もつかないほどしなやかな体つきをしている。もちろん服の下は筋肉の鎧があることは想像に難くない。
ラインは舌打ちをした。気配から想定するに、ラインが知る師団長の水準を超えている。強敵なのは間違いなかったが、そのイヴァンザルドがラインに向けて話しかけた。
「やはり先輩でしたか。お久しぶり――」
「人違いだ。俺はお前なんぞ知らんし、アレクサンドリアなど行ったこともない」
イヴァンザルドが何か言う前に、ラインはきっぱりと否定した。挨拶すらも遮られたことに、驚くイヴァンザルド。
試合前の定例的な注意がなされるが、それすらラインの耳にはろくに入っていない。ラインはまくしたてるようにイヴァンザルドに告げた。
「俺はお前たちの誘いには乗らんし、よしんば乗ったとしても必ず後悔させてやる。俺がただの小汚い傭兵ラインだとしてもだ。
祖国がどうなるかもわからない時に、クーデターだと? とんでもねぇ連中だ」
「・・・貴方が何を言っているのかさっぱりわかりませんが」
イヴァンザルドが静かに告げた。その瞳からは静かながらも、闘志がふつふつと伝わって来た。
「私も剣を捧げたわが君と共に、かつて憧れた騎士の姿を追ってここにやってきました。その答えは剣で掴む。仮に誰が何をのたまおうとも、真実は常に剣の先にあると教えられた。
あなたが自分には何の関係がないと言い張るとしても、剣で語ればわかること」
「俺が関係ないとしたら?」
「知れたこと。ただ打ちのめすまで」
澱みないイヴァンザルドの答えに、ラインが嫌悪の表情をした。
「意にそぐわなきゃ斬る、正義の名の元に暴力を押し通す。だから騎士って連中は嫌いなんだ。巻き込まれる連中にとっちゃ、どんな綺麗なお題目でも暴力に変わりないってことをそろそろわかりやがれ」
「ではあなたの言う正義とは?」
「正義なんかこの世に存在しねぇ、あるのは我欲にまみれた欲望だけだ。剣はそれをかなえる暴力の手段だ。ならばまだ、欲望のままに剣を振るう傭兵の方が正直で好きだぜ、俺は」
「ふん、なんという惰弱。そこまで腑抜けたというのであれば、目を覚まさせてあげましょう」
イヴァンザルドが定位置まで下がると、剣を抜いて油断なく正眼に構えた。それに対し、ラインは剣を収めたまま斜に構える。
そしてラインはふっと笑い、語り始めた。
「そういえば、俺がここの会場責任者って知ってるか?」
「? それは・・・」
「知っているよなぁ? 俺に間諜なんざ送り込んでくるんだ。だが俺の仕事内容までは知るまい。会場責任者は色々できるぞ? たとえばそうだが――この開始線。気にならんか?」
「?」
イヴァンザルドはちらりと足元を見た。まだ開始の合図は成されていないからだ。だが足元の開始線に変わったところは見られない。
そしてラインをちらりと見た時に、その足元の開始線を見て体がびくりと反応した。この距離は、かつて傍からよく見ていたような気が――
「責任者ってのは競技会場にちょっと細工することも可能だ。たとえば開始線をちょっとせばめて、丁度俺にとっての七歩にするとかな」
「・・・はっ!?」
「――始め!」
その時審判から開始の挨拶が唐突になされた。ラインは審判の注意事項がいつも同じであることを利用し、最初から会話の長さを調節していた。そして開始の合図と共に、神速の居合でイヴァンザルドに襲い掛かった。
続く
次回投稿は、7/27(金)15:00です。