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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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沼地へ、その4~風の精霊~

「ミリアザール様へは私が連絡に行きます。桔梗はフェンナ殿、カザス殿の安否を確認に向かいなさい。日向はおそらくもう生きてはいないでしょうが、他のお二人が無事ならそのまま護衛に付きなさい。私と楓への連絡は欠かさないこと。行け」

「はっ」


 桔梗はすぐに姿を消した。そして楓に梓は向き直る。


「楓はミランダ様の護衛をしなさい」

「はい」

「くれぐれも心すること。ミリアザール様の命令は、ミランダ様の身の安全が最優先です。残りの方は、状況次第では見捨てなさい」

「心得ております」


 楓が無表情に頷く。楓の年の頃はリサとほとんど変わらないのだが、彼女には迷いなどない。楓は生まれた時より口無しの者として育てられた、生粋のくの一である。たとえ魔獣と結婚しろと言われようが、命令とあれば何の躊躇もなく行える者だからこそ、この年齢で今回の重大な任務についている。楓は同世代の口無し、いや、現役の口無し全てと比べても、魔眼のことも含めて優秀な人材だった。

 だが梓は生粋の口無しではない。12の時に奴隷として売られていた所を梔子が見出し、買い上げたのだ。それからたゆまぬ努力によって口無しの中でも有数の使い手となったが、感覚は普通の人間により近い。有り体に言えば情が深いのだ。さらに楓は母親が口無しの中にいながらも、一度も母とは呼ばせてもらっていない。口無しといえどそこまで厳しいことはまずないのだが、楓の母親は特別だった。

 だが楓も文句ひとつ言わず、口無しの厳しい訓練を淡々とこなしていった。幼いころより楓の教育係を任された梓はその姿が不憫であり、楓に対し妹か娘にも近い感情を抱いていたのだ。だからと言って梓が訓練や任務に手心を加えたことはない。その梓が楓の肩をしっかりと掴み、目を見据えて命令する。残酷なことだと知りつつも、そうするほかないのが口無しの運命。


「特にあのアルフィリースとかいう娘。彼女は危険。もし彼女がミランダ様に危害を及ぼそうとした時は・・・」

「ご心配なく。しかと仕留めましょう」


 即答する楓に無言で梓は頷き、付け加える。


「だが無理だと判断したら、ミランダ様を連れて脱出なさい。あなたは次代の梔子候補。そしてミランダ様は――」

「大丈夫です、全て心得ておりますから。心配しないでください、梓お姉様」


 楓が少しだけ表情を緩ませる。その表情を見て楓に気負いがないことを梓が確認すると、安心したように楓の頭をなでる。


「任務中です、お姉様」

「いいのよ、私は今の口無しの体勢に疑問を抱いている人間なのだから。実の親子が名乗りもあげられない組織なんて、馬鹿げているわ」


 だが楓は何も答えなかった。自分の頭をなでる楓の手をそっと優しく止めると、頭から離す。


「では行って参ります」

「ええ、無事に」

「お姉様も」


 そうして2人のくの一はその場を後にしたのだった。


***


 そしてそれからアルフィリース達がユーティの里に着くまでは何も起らなかった。いや、起らなさすぎた。獣一匹、泣き声一つすら聞こえなかった。もっともその理由はリサにもミランダにもわかっていた。全てアルフィリースのせいだ。

 最初にリサが連れてきた馬も、アルフィリースを見るなり怯えて暴れ出した。エアリアルを除けば馬達と一番仲良くしていたのはアルフィリースであり、暇があれば馬の方からアルフィリースの元に来るくらいだった。なのに今回はアルフィリースを見るなり、方向転換して逃げようとした。だがアルフィリースが手綱を掴むと、馬が今度は異常なまでに大人しくなった。

 それからは何もない。本当に何なかった。休憩していたのがちょうど太陽が真上にある時。日が傾くまでは馬を駆けたのだが、ついに獣一匹見かけなかった。おそらくはアルフィリースを避けたのだろう。エアリアルの残した目印(ミランダが渡した特殊な光る塗料)を追いかけながらの道程だったため、かなり移動速度は遅く、魔獣達にしてみれば狙いやすいはずだったので、まず間違いなく向こうがこちらを避けていたのだ。

 だが襲撃が無いこと自体はよいことだった。思ったより早く進むことができたアルフィリース達は、目印を追っていくと、やがて大きな木の前で行き止まりとなった。塗料で描くはずの矢印がなくなり、代わりに丸が描いてある。


「どういうことだろう」

「ふん。ここが入り口なのよ」


 アルフィリースが馬を降り、何かを調べている。


「なるほど、妖精の結界か。何の変哲もないし、これなら余程注意してみないと気づかれることはないわね」

「どうやって入るの?」

「向うが開けない限りは入れないわ。もちろん結界ごと壊せば別だけど。強引に開けてしまおうかしら」

「そんなことしたら、妖精達が怒るでしょう」

「その時は、力づくで言うことを聞かせればいいのよ」


 アルフィリースが物騒な事を言い、ミランダが何かを言いかけようとした時に、ちょうど絡まった木の根がほどけて道が作られた。その中から妖精が1人出てくる。


「アルフィリース様御一行ですね? お話は伺っております。妖精の里『シュティーム』は貴方達を歓迎いたします」

「へえ、お出迎えとはね。壊す手間が省けたわ」

「・・・行こう」


 ニヤニヤと不敵に笑うアルフィリースを尻目に、ミランダがさっさと歩を進めた。今のアルフィリースには何を言っても無駄な気がしたし、あまりアルフィリースに妖精の相手をさせたくもなかった。事実妖精はアルフィリースを見て怯えていたし、それはミランダもリサも同じだった。正直なところ、2人とも今のアルフィリースが怖かったのだ。以前のアルフィリースを知らない楓だけは、飄々としていたが。

 木の根で出来た暗い道を歩いて行くと、やがて光が見えた。地中に向けて歩いているのかと思ったが、どうやら違うらしい。一種の『結界』、あるいは『城』の類いかもしれない。


「む、皆来たのだな」


 木の根の道を通りすぎると、開けた場所に出る。そこにはエアリアルが立っていた。エアリアルにしてみればニアも気がかりだったが、それ以上にアルフィリースの方が心配だったのだろう。またニアを無事送り届けてからは彼女には特にやることもなく、正直手持無沙汰だったのも否定できない。

 エアリアルを見るなりミランダが駆け寄る。


「ニアの具合は?」

「・・・良くも悪くも、といったところか」

「どういうこと?」

「ここの長の話を聞いた方が早い。案内しよう」


 エアリアルを先頭に、ミランダが並んで歩きだす。リサとアルフィリースは馬を引きながら、少し離れて後に続く。

 そのアルフィリースを見ながら、エアリアルがそっとミランダに耳打ちする。


「アルフィリースに何があった?」

「わかるの?」

「あんなに禍々しい気を発していれば当然だ。妖精達も怯えてしまっている」


 ミランダが周りを見ると、妖精たちが恐ろしいものでも見るように、木の陰からこちらの様子をちらちらと覗っていた。だがアルフィリースがそちらを見る度に、皆逃げ出してしまう。

 アルフィリースはそれらの反応が楽しいのか、クスクス笑いながら周囲をまんべんなく見回していた。


「アルフィリースはどうしたんだ。まるで別人だぞ?」

「・・・多分呪印が暴走したままなんだと思う」

「呪印が? そんなに厄介なものだとは聞いていなかったぞ?」


 エアリアルとはファランクスの住処で何日も共同生活をしていたので、一応は呪印のことについてもアルフィリースから説明があった。だがアルフィリースもまた、全てを話していなかったということだろう。


「(あるいは本人も知らないか、ね)」


 ミランダが心配そうにアルフィリースを振り返る。当の本人はその視線に気がつくと、にこやかに手を振ってきた。普段のアルフィリースならまずそんなことはしないだろう。


「本当に別人のようだな」

「アタシも呪印があんなものだとは聞いてないわ。危険な物と知ってはいたけど、アルフィリースの人格に影響を及ぼすようなものだなんて。もしそうだとしたら・・・」

「もしそうだとしたら、何?」

「うわっ!」


 エアリアルが思わず大声を出した。無理もない。ついさっきまで15mは後ろにいたはずのアルフィリースがエアリアルの間後ろにいて、彼女の耳に息を吹きかけたのだ。

 近づく気配にエアリアルが気づかないなど、普通ではありえない。


「い、いつの間に」

「ん? 短距離転移だけど?」

「そんな魔術をこんなに簡単に扱うなんて、聞いたことがないわよ」


 ミランダが不審そうな目をアルフィリースに向ける。だがアルフィリースは肩をすくめてみせただけだ。


「できちゃうんだから仕方ないじゃない」

「それはどういう・・・」

「そんなことより、着いたんじゃないの?」


 アルフィリースの指さす先には小さな泉がある。その中には大きな葉が浮いていて、そこにニアが横たえられていた。傍ではユーティが必死で魔術を使っているようで、ニアの体が優しく淡い青の光に包まれていた。

 その傍にはさらに女性が一人座っていた。緑の髪は地面について余りある程長く、葉の上に豊かな放射状の流線を描いている。見目も非常に麗しく、一見穏やかな外見に意志の強い瞳をたたえていた。背中には羽根が四枚生えており、それは彼女が人間でないことを示していた。だが人間と同程度の背丈がある彼女は、妖精にしては大きすぎる。

 泉のほとりでミランダ達がどうしたものかと立ちつくしていると、その女性がふわりと宙に浮かび、ミランダ達の方に飛んでくるではないか。


「シュティームへようこそ、お客人。この旅ではユーティがお世話になったそうですね。里の妖精を代表してお礼を言わせていただきます」

「あ、いえいえ。こちらこそお世話・・・してばっかりですね。あの子には」

「あらまあ、面白い方。でもやっぱりそうなんですのね?」


 ほほほ、と女性が軽やかに笑う。笑うたびに羽根がさらさらと流れるように揺れ、とても美しい。こころなしか甘く良い匂いもするようだ。その女性がくるりとユーティの方に向き直る。ユーティは魔術の使いすぎで疲れたのか、仰向けになって息を切らしていた。


「ユーティ、こっちにいらっしゃい」

「む、無理ぽ」

「またそんな俗語をどこで覚えるてくるのかしら。でも10秒で来ないとお仕置きです。10、9、・・・」

「お、鬼~」


 ユーティが疲労でふらふらしながらも飛んでくる。10秒あれば余裕だろうと全員が思ったのだが、


「8、1、0。これはお仕置き決定ですね」

「ちょ、今数え方おかしかったでしょっ!」

「ここでは私がルールです。私が黒と言えば白い物も黒。私がお仕置きと言えばお仕置きなのです」

「そんな理不尽な」

「世の中そんなものです。これ以上口答えするようなら、鍋の具にしますよ?」

「い、いやーーーー」


 逃げようとしたユーティを女性がむんずと掴む。どこかで見たような光景だなとミランダは思ったが、それよりも、女性が軽やかに笑いながらこのような物言いをする方に気が取られた。


「あの、貴女は一体」

「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。私はこのシュティームの長をしております、ウィンティアと申します。よろしくお願いいたしますわ、皆様」


 ウィンティアと名乗る女性は軽やかに優雅に笑ったが、ぎりぎりと締め上げられる手の中ではユーティがぐったりとしていたのだった。



続く


次回投稿は、4/1(金)22:00です。

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