戦争と平和、その197~統一武術大会四回戦、ラインvsアレクサンドリア師団長①~
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「ヴァトルカ、見た?」
「見ましたよ、ジェミャカ」
先ほどのレクサスと仮面の剣士の戦いを見て、銀の二人が感想を話し合う。ジェミャカは瞳を輝かせ、ヴァトルカもまた興味深そうに返事をする。
「今大会の剣士としては、随一じゃない?」
「直接見たところではそうですね」
「攫う?」
「少し番にするのは年老いている気がしますが――まだこの先の戦いを見てからでもいいのでは?」
慎重かつ冷静なヴァトルカの意見に、ジェミャカが唇を尖らせた。
「ちぇー、気に入ってくれたと思ったのになぁ」
「気に入ってはいますよ? ただ、我々も任務があるうちから行動に出ても、後々面倒だと思っただけです。それに大きな動きが控えている中、番の選定は後回しにするように言われているのでは?」
「良い男を見つけたら、捕まえとかないとだめでしょー? 私たちは女しか必要とされないんだから、機会があったら、ねぇ?」
ジェミャカの言葉に、ヴァトルカがふっと笑う。
「そうですね。これから大きな戦があるなら大勢死ぬかもしれませんし――でも戦があると良い戦士が生まれるのも確か。人間が全滅しない程度にやり合ってくれればいいのです」
「でも私たtはお姉さまたちと違って、番をとるのも初めてだからねー。興味はあるけどなぁ。ヴァトルカだってまだ番をとったことはないでしょ?」
「それはそうですが――大婆様の命令もありませんし」
「私はあの婆たちは嫌いだよっ」
ジェミャカがふくれたが、ヴァトルカがたしなめた。
「まぁ私も好きではありませんが、宣託があるのでは致し方ない」
「その宣託とやらも、うさんくさいっつってんの」
「ですが我々を永らえさせているのも事実。ないがしろにはできないでしょう」
「――ったく、不便な生き方だわ。何が最強の一族なんだか」
ジェミャカの言葉を聞いた者が果たしていたのかどうか。物陰には猫がいただけである。
そして彼女たちが見守る次の試合は――ラインの出番。
「副団長、調子はどうですか?」
「まあまあだろ」
「頑張ってください」
「おう」
ラインの周りには団員が自然と集まる。ラインが別に気を遣っているわけではないのだが、何のかんのと面倒見がよいのでそうなっていた。むしろアルフィリースに負担をかけまいとして、そういった役目を負うように仕向けたともいえる。
だがこれが結果的にイェーガーの現在の雰囲気を作ったことにもなる。ラインは戦い前に激励に来る仲間たちを下がらせると、控室に入っていった。控室は元々ごった返していたが、競技者の少なくなった今ではやや閑散とし、そして何より静かになっていく。
ここまで残った競技者に、おかしな態度の者はほとんどいない。誰もが互いに一目置き、そして明日戦うかもしれないと考えると、余計な口をきく者は仲間以外にはいない。その仲間ですら、戦う可能性や会話から戦い方がばれることを考えると、口をきくのは憚られた。そんな中でラインとロッハは数少ない例外だろう。今日はそこにヴェンも加わるから、さらに珍しい光景となった。
「よう、調子はどうだ大将」
「いつも通りだ」
「隣のヴェンは」
「・・・右に同じく」
ロッハの隣はさすがに遠慮する者が多いのだが、ヴェンはそれこそいつも通りに緊張することなく準備を進めていた。小憎らしいほどの冷静さだが、これがあるからこそラインはヴェンを信頼している。もしヴェンが積極的に仲間と触れ合いを求める剣士だったら、それこそ副団長代理などの役職を任せてもよかったが、ヴェンは今でもエクラの護衛のつもりなのか、忠実に彼女に仕えている。
必要に応じて中隊や大隊の指揮を執ることはあるが、常任での役職は頑なに固辞していた。そんなヴェンを、物珍しそうにロッハも横目で観察する。統一武術大会に入ってから、自分と同じ長椅子で準備をする人間はヴェンが初めてだったからだ。
「貴公。つかぬことを聞くが、俺が恐ろしくはないか?」
「恐ろしい、とはどのような意味か?」
「いや、その・・・言われてみれば、おかしな話か」
「見た目の上でいえば、もっと恐ろしい化け物と戦ったことはある。殺気という点では、そなたは風の凪いだ湖のように静かだ。実力で、ということになれば、真竜にはさすがに及ぶまい。
警戒はしているが、恐ろしくはないということになる」
「わかった、わかった。俺が悪かった」
ヴェンの冷静な反論に、ロッハが降参した。ラインはそのやりとりを面白そうにニヤニヤとしながら見物していた。
「こいつに絡むと皆こうだ。ヴェンを焦らせる奴がいたら見てみたいもんだ」
「戦場でも万事こうか?」
「そうだな。無茶な要求をしても、眉一つ動かさん」
「副団長、人聞きが悪いですよ。眉くらいは動きます」
「で、今日の相手はさすがに眉間に皺がよるか?」
ヴェンの相手はアルネリアの神殿騎士、アリスト。数合わせに出場したアリストではあるが、神殿騎士でも上級騎士に位置するアリストの実力は、さすがに群を抜いていた。ヴェンであろうとも苦戦するだろうと誰もが考えていたが、ラインの懸念は別のところにある。
「アルネリアの上級騎士相手じゃ、加減ができんだろ?」
「副長・・・性格悪いですね」
「おまえほどじゃないさ。熱しすぎないようにな」
「はい、そのつもりです。それより副団長の相手も相当では?」
「ああー、そうだな」
ラインはヴェンの指摘通り、今日の相手のことを考えると気が重くなった。確かに相当どころの話ではない。相手の名前はイヴァンザルド。どこかで聞いたことがあると思い調べれば、アレクサンドリアの師団長にまで出世している男だった。
続く
次回投稿は、7/25(水)15:00です。