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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その196~統一武術大会四回戦、レクサスvs仮面の剣士③~

「やっべぇ!」


 レクサスが反射的に後ろに飛ぼうとした瞬間、仮面の剣士はレクサスの握りに指を絡ませてきた。鈍痛と共に、レクサスは右手の親指が折られたことを知る。立ったまま対面で親指だけを正確に折るだけでも大した技術だが、仮面の剣士は痛みに顔をしかめるレクサスの一瞬の隙を逃さず、左脚を踏みつけながら貫手で鳩尾を突いてきた。

 正確に横隔膜に加えられた一撃はレクサスから呼吸を奪い、同時に折れた親指のせいで握力が奪われた。その瞬間レクサスの手から木剣が奪われ、仮面の剣士は奪った木剣を手の中でくるくると回して遊んでいた。


「~~~」


 レクサスは息を吸うことも吐くこともままならず、ただ無言で立ったまま悶絶した。今体をくの字に折れば、その瞬間決着はつくことは明白。レクサスは唇を噛み切ることで苦痛を我慢し、腰の短い木剣を2本抜くとなおも攻勢に出た。どうせこのままでは酸欠で倒れるのだから、最後まで攻めることに決めたのだ。それに短剣術でも戦えないわけではない。

 だが相手は左手に木剣、右手にはいつの間にか腰のベルトからクラッカーを持ち出していた。装飾品だと思われていたものは、実は武器だったようだ。大道芸でも用いられるクラッカーだが、その使い方はむしろ剣よりも熟練しているのではないかと思わせるほどだった。


「(これ、短分銅術じゃないっすか? 剣と組み合わせてこんな戦い方をする剣士って・・・)」


 レクサスの脳裏に誰かの姿が浮かびかけるが、酸欠の頭では明瞭な姿になることはない。先ほどまでとはうって変わって打ち合いに応じる仮面に剣士に、レクサスは技量差を感じていた。レクサスは相手の剣を受けるが、仮面の剣士はレクサスの剣を受け止めることはほとんどしない。全て紙一重でかわすことからも、相手との技量の差がうかがえる。

 レクサスは酸欠が近いことを悟ると、一度溜めを作った。相手のクラッカーと剣がそれぞれ額と肩に命中したが、失点を気にする必要もないのなら意に介すこともない。

 滅多に殺気を出すことのないレクサスが全力で放つ、短剣2刀の12連撃。競技会でありながら、レクサスは既に相手を殺すつもりで放っていた。

 が――


「・・・剣すら出せねぇっすか」


 レクサスの肩に当てた木剣が少し動いたかと思うと、左肩の鎖骨が折られた。さらにレクサスの右腕は肩が足で押さえられ、剣すら出せなかった。観客の多くは何が起きたのかわからなかったろうが、レクサスは最後の一撃すら出せずに崩れ落ちる。そして意識が落ちる一瞬、レクサスは相手の声を聞いた。


「最後の攻撃は中々だったが、こいつは殺し合いじゃなくて競技会だ。もうちょっと遊び心がねぇとな」

「・・・うるせえっすよ、クソ爺。アンタ相手に手加減する余裕なんて・・・」


 といいつつ、レクサスは最後の力を振り絞って蹴りを繰り出した。さすがに油断していたのか仮面に命中し、仮面に亀裂が入る。おおっと観客が驚き、仮面に亀裂が入り割れたが、その下から今度は能面の翁が出てきた。仮面の剣士は最初から面を二枚かぶっていたのだった。

 それを見たレクサスは苦笑いして、今度こそ力尽きた。仮面の剣士がおどけた態度をとったことで観客は笑い、仮面の剣士はそれに応えたあと、レクサスの呼吸を戻して試合会場を後にした。レクサスは呼吸が戻るとなんとかふらつきながらも自力で会場を後にしたが、控室に戻ると崩れ落ちた。意地と見栄だったのだろう。

 酸欠で立つ気力もないレクサスの傍に、ルイがそっと膝をついて話しかけた。


「本気だったのか?」

「当然っすよ、油断はしたけど手なんか抜いてないっす」

「愚問だったな。もしやあの剣士は」

「紛れもなく、あのクソ爺っすよ。武器こそ話に聞いただけで見たことない戦い方だったすけど、あんな手ごたえヴァルサスでもないっすから」

「そうか。ならば納得だな」


 ルイは深く頷いた後、レクサスの肩を叩いたのである。

 一方、仮面の剣士が引き上げた側では、何名かの者が拍手、あるいは興味深い表情をとっていた。その中でもディオーレが特に興味深そうに、仮面の剣士に話しかけていた。


「もし、そこの御仁。面白い戦いをするな?」

「・・・そうですか」

「アレクサンドリアの剣術も混じっている気がした。我が国の出身か?」

「国を捨てたのは随分と昔のことです。どこが故郷かも忘れましたがね」

「そうか、惜しいな。貴公ほどの剣士がいれば、士官の口も数多あろうに」


 ディオーレにとっては最大級の賛辞だったが、仮面の剣士は肩をすくめた。


「宮仕えは結構ですね。気ままに生きているのが性に合ってる」

「そうか。ままならんものだな」

「ええ、本当に。30年前ならどう答えたかわかりませんがね」

「名は?」

「ありませんや。坊やとしか呼ばれたことはありませんね」


 それきり仮面の剣士は去って行ったが、ディオーレはその言葉に不思議な懐かしさを覚えていた。

 そしてふっと可愛がっていた、将来有望だった若い青年のことを思い出したのである。


「坊や――そうか、あれはベッツの坊やか。青二才の頃しか知らなかったが、大した剣士になったものだ」


 ディオーレは得心がいったように頷いたのだった。



続く

次回投稿は、7/23(月)16:00です。

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