戦争と平和、その193~会議七日目、夜⑥~
「では父上――王は最初からこの展開を読んでいたと?」
「言った通りだ。この流れは俺の仕込みよ。中々シェーンセレノが動かぬから少々やきもきしたり、討魔協会の闖入は想定外だがな。
だが大勢には影響せん。このアルネリアを吹き飛ばそうとでもする、規格外に不届きな輩がいれば別だが」
スウェンドルの言葉にアンネクローゼは返答に窮した。スウェンドルの想定以上の戦略に正直感心したが、この流れで本当によいのかとも思う。この先、どのような戦いを想像しているのか聞いてみたかったが、どうしてもその勇気が出ない。まるで破滅に向かって一直線に進んでいるような、そのような気分にしかならなかったからだ。
アンネクローゼが言い澱んでいると、ヴォッフが隣に膝まずいて王に進言した。
「ではスウェンドル王。私はこれからシェーンセレノ殿のところに出向き、さらに協議を重ねたいと思います」
「うむ、任せる」
「今からだと? 深夜だぞ?」
アンネクローゼの言葉にヴォッフが答えた。
「それがシェーンセレノ殿下はさほど睡眠を必要としないらしいですな。ほんの四分の一刻も眠れば、それで事足りるのだとか。私は惰眠を貪りたい性分ですが、さすがに平和会議の正念場ともなればそうも言っておられぬもので」
「眠らなくてよい人種というのは一定いるものだが、羨ましい限りだな。一日を有効に使える。俺には無理だが」
「私にも無理です・・・そうではなく! 何の協議なのです?」
「しれておる。アルネリアの権威を失墜させるための協議よ」
スウェンドルの言葉にアンネクローゼは、心のどこかでこの瞬間が来た、と感じていた。おおよその国にとって、アルネリアの存在は恩恵が大きい。グローリアへ留学し、一流の教育を受けられる権利。アルネリア教会の設立による施し、医術、基礎教育の普及。また魔物の出現への応対。特に死霊、悪霊などの不死者に対してはアルネリアがその対処方法を独占しているため、事実上彼らの力なくして排除は困難となる。
現に彼らの協力がないローマンズランドは、常に食糧難の危機を抱えている。衛星国からの貢物でそれらを補っているが、悪霊や死霊の排除は困難を極める。そのため、ローマンズランド国内には、土地が汚染され禁足地となった場所がいくつもあるのだ。
そこまでしてアルネリアを排除した表向きの理由が、アルネリアの下級役人の内政干渉を嫌ってのことだ。大戦期を共に戦った際に、建国期の王の何名かが『アルネリアは信用ならじ』と言い残したため、としている。あくまで表向き、だが。
大戦期を生き、アルネリアの聖女と肩を並べて戦ったローマンズランド建国期の王たちは、アルネリアが人間達をまとめるために強引な手段を何度もとったのを間近に見てきた。その中には、わざと一つの勢力を滅亡に追い込むものも多数あったという。
もちろん国がまとまるためには大なり小なり起こることだが、アルネリアの場合はそれがあまりにも度を過ぎていたとのことらしい。さらに、ミリアザールが魔物であり、聖女が姿を変えただけの同一人物であることも知っていた。
代々王家のみに口伝で伝えられてきたが、一般の将校たちは一切知らない。アンネクローゼとて成人の時に兄や姉たちから教えられた事実だ。人間世界の中心が魔物だと聞かされて、納得できる人間が少ないだろうことは容易に想像がつく。
アンネクローゼは複雑な気分だった。己の不明を恥じると同時に、国策にまるで関係ないとばかりの扱い。信用すらされていない自分の力不足に、歯がゆく項垂れるのみだった。
そうして意気軒高に天幕を出ていくヴォッフと、項垂れながら出ていくアンネクローゼは対称的だった。その背中を見ながら、スウェンドルが何を考えていたか。オルロワージュはスウェンドルの心中を察していたのか、そっと話しかけた。
「少し姫殿下に冷たいのでは?」
「構わん、あの愚図には少し頭を冷やしてもらわんとな。ヴォッフから会議の主導権を奪うまでの強引さは褒めてもよいが、長期的な考え方が足らん。それでは為政者は務まらぬ。常に光り輝く正道を行くだけが王の務めではない」
「しかし姫殿下は別段、国策に関わるわけではないでしょう? 今は竜騎士として兵団を率いる立場ですが、序列を考えれば婚姻で国外に行くのが普通では?」
オルロワージュの意見は尤もだったが、スウェンドルはその疑問に答えることはなかった。オルロワージュはあらかたの国策、スウェンドルの考え方を理解していると思っていたがこればかりは理解できず、首をひねったのである。
続く
次回投稿は、7/17(火)16:00です。