戦争と平和、その192~会議七日目、夜⑤~
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「父上!」
「・・・どうした、アンネ」
アンネクローゼが夜更けに天幕に怒鳴り込んだ時、スウェンドルは寵姫であるオルロワージュに耳掃除をさせている最中だった。その服装はだらしなく、片手には酒瓶。酒と享楽で疲れた表情をしたスウェンドルは、とても一国の王とはいえぬほどのていたらくである。
アンネクローゼはいつもならその体たらくにため息をつくところだが、今日ばかりはかっとなって意見していた。アンネクローゼとはいえ、一つ間違えば手打ちになる行為だ。
「どうして会議から私を外されたのだ! 交渉もまとまるところだったのが、台無しではないか!」
「ふん、なんだ。朝からやかましいと思えば、そんなことか」
「そんなことですと?」
アンネクローゼはさらに一歩踏み込んだ。アンネクローゼの近習は王の天幕に踏み込むことを許されてはいない。仮に一歩でも踏み込めば、その場で処刑となる。本人だけならまだ諫言する者もいるだろうが、最近のスウェンドルは冷酷極まりなく、一族郎党まで処刑する苛烈さを持ち合わせている。
それがわかっているから誰も踏み込んでこないのであって、今では王宮内でもスウェンドルに意見できるのはアンネクローゼくらいしかいない。オルロワージュもそのアンネクローゼの剣幕に驚いたのか、スウェンドルの耳掃除の手を止め、アンネクローゼに見入っていた。
だがスウェンドルはちらりとアンネクローゼを見ただけで、興味なさそうに再び目を瞑った。
「どうした、オルロワージュ。手が止まっているぞ」
「・・・はっ。すみません」
「父上!」
ますます激昂したアンネクローゼに対し、スウェンドルは怒るでもなく冷静に目をつむったまま答えた。
「時にアンネよ。貴様には統一武術大会の管理を任せたはずだが、戦績はどうだったのだ?」
「それは・・・」
「全敗であろ?」
スウェンドルの冷静な指摘に、アンネクローゼはぐっと詰まった。
「それは・・・そうです。精鋭は父上が国に残してきたのではありませんか」
「もちろんだ、ここで我々本来の竜騎兵団の実力を披露する必要もない。だが同時に我々は竜ありきの戦力だということも、自覚が欲しいところではなる。お前も、まさかここまで誰も残らないとは思わなかったのではないか?」
「む・・・」
「まあいい。お主とて、ローマンズランドから出て国際社会に触れるのは初めてであろう。この機会に異国の文化に触れておけ。こちらの会議は予定通りで面白みがないわ」
スウェンドルの言葉にアンネクローゼがぴくりと反応した。
「予定通り? 予定通りとおっしゃるか」
「ああ。何から何までとは言わんが、おおよそ俺の予定通りだ。この後の会議の流れも予想はつく。そうだな、ヴォッフ!?」
「はっ」
突然背後からした答えに、アンネクローゼはびくりとした。天幕を入って来た音はしなかったはずだが、いつの間にかヴォッフが背後に立っていた。
そんなアンネクローゼの様子を見て、スウェンドルは薄笑いと浮かべながら説明する。
「このヴォッフには、何年か前から賢人会に参加させている」
「賢人会?」
「知らんのか、自称大陸の知識人共の集まりだ。『策略家』を我が陣営に引っ張ってきたのもこのヴォッフの人脈ありきだし、シェーンセレノと事前に打ち合わせができたのもヴォッフが懸け橋になったからだ。
この会議は最初から出来レースだ。獣人どもが来ようが、ミューゼやレイファンのごとき小娘が少々小癪な策を弄したところで結果は変わらん。大陸平和会議が合議制である以上、数の論理には勝てぬからな。小国も大国も、一票の重さに差がないのであれば、数の論理でしか物事は動かぬ。
ならば会議に乗り込む前から準備をしておくのは当たり前だ。会議が始まってからあくせく動いたところで何も変わらんし、慌てふためくのは愚か者のやることよ。戦いは始める前に終わらせておくものだ。勝ちの見通しのない戦いなど、だれが始めるかよ」
つまらなさそうに言い放ったスウェンドルにの眼の光は鋭く、まるで賢王と呼ばれた頃の彼の姿のようだった。アンネクローゼはやや混乱しながらも続ける。
続く
次回投稿は、7/15(日)16:00です。




