戦争と平和、その190~会議七日目、夜③~
「魔人は人間を滅ぼし、新たな種族を育むべしとの結論を出した。真竜は観察期間が足らぬと言った。だが1000年観察しても変化のない種族に、何の期待をしろというのかというのが当時の魔人の結論だった。
当然人間を滅ぼそうとしたのだから、人間は真竜の側について戦った。皮肉にも、魔人との戦いで人間は大きな成長を遂げよった。中には魔人と伍する人間も出現するまでになった。拮抗していたはずの魔人と真竜の戦いを真竜の勝利で終わらせたのは、間違いなく人間の力じゃったそうな。
そうして魔人は次々に倒れ、それらがこの大地に溶け込むことでその影響を受けた生物どもが魔王や魔物となり――」
「ちょっと待ってください、おかしくないですか? 魔人と互角に戦えるほどの人間がいたなら、どうしてその後魔王が大地を席巻していたのです? その間真竜は? 魔人だって全滅したわけではないのでしょう?」
「妾とて詳細は知らぬ。その際妾はまだ幼く、後方で戦いを見守るだけだったのだ。覚えておるのは、もう戦う意志のない魔人の最後の集落に攻め込んできて、虐殺を行ったのは人間だったということ。その際に振るわれた魔剣の一つが、今回の賞品でもあるレーヴァンティンで――」
ブラディマリアがそこまで話そうとしたところで、部屋に都が戻って来た。興が削がれたのか、ブラディマリアはそれきり何も語らず、ふいとそっぽをむいて自らのベッドに潜ってしまった。
都は間が悪かったことを察したが、今更どうすることもできず詩乃に目で謝罪した。詩乃としてもブラディマリアの語る歴史が気になったが、一度気を逃せば再度聞き出そうとしても語ることはないことも理解していた。神代の歴史を知る手がかりになるところだったが、それはまたの偶然を待つしかないのだろうと考えた。
そして都が屋上に藤太がいることを告げると、詩乃は藤太に会いに行くことにした。ブラディマリアの話が刺激的すぎて、このままでは眠れそうもないからだ。
詩乃が屋根裏から屋上に出ると、そこには弓矢の手入れをしながら2つの月を肴に一杯傾ける吉備津藤太がいた。
「藤太殿、こちらにいらしたか」
「見張りも兼ねて、猿丸かオラがいつもいますよ」
「逆に怪しまれるのでは?」
「千里眼を使える相手がいるんじゃ、どこにいても同じでしょう。それならせめてこちらが周辺を見やすい場所にいないと」
藤太は張りなおしたばかりの弦の具合を確かめると、弓を置いた。詩乃も手習いとして弓矢を扱ったことがあるが、まるで才能がないのか狙ったところはおろか、跳ねた矢が後ろにいる桜花の足元に刺さり、周囲に止められた記憶がある。後ろに矢を飛ばすとは凄い才能ですねと都にからかわれ、以降弓矢は儀式以外では手にもしていない。
「毎晩手入れをするので?」
「いや、そこまで思い入れはないんですけどね。武器は所詮武器、人を殺すための一つの手段に過ぎないですから。殺せるんだったら簪でも箸でも石でも武器になりますよ。むしろ意外性のあるものの方が武器としては優秀でさぁ。そういうのは暗器って呼ぶのかもしれませんけどね」
「吉備津家がそこまでこだわらないとは。噂では吉備津家には代々伝わる伝説の武器防具が多数あるとか」
「はっはは、周囲に知られるほど有名ですか。残念ながらあいつらは使い手を選ぶんですよ。オラは使い手としてふさわしくないそうで、選んじゃもらえませんでした。そんなオラが吉備津家の歴史上最高の使い手って呼ばれても、ぴんとこんのですよね。
あと、吉備津家にある武器防具は全部呪われた類の連中ですよ。伝説の武器防具なんてのは全部より多くの命を吸った武器防具ってことだ。そんな連中が呪われていないわけがないでしょう」
「それは・・・身も蓋もない言い方ですね」
藤太の率直な言い方に詩乃はくすりと笑った。詩乃はこの藤太の誠実さが好きだったが、藤太から出た言葉は意外なものだった。
「詩乃さん、あんた何を考えてんですか?」
「何を、とは?」
「とぼけないで下さいよ。あんた、浄儀白楽や討魔協会のためになんてこれっぽっちも働くつもりはないでしょ? なんで浄儀白楽の補佐みたいな真似をしているんです?」
「そんなことは――」
詩乃ははぐらかそうとして、藤太の目が真剣なことに気付いた。藤太は自分のことを信用していない。それが詩乃にもわかったので、どう返答したものか悩んだのだ。
続く
次回投稿は、7/11(水)16:00です。