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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その187~邂逅④~

***


「姐さん」

「ああ、見えていたよ」


 レーベンスタインの戦いを見物しに来たルイとレクサスは、真剣に見入っていた。レクサスは思う。この二人の戦いを本当の意味で『見る』ことができる人間が、一体この会場に何人いるだろうと。まさか相手の少年があれほどだとは思わなかったが、とんだ試合を目撃したものだと思う。

 ルイはしきりに感心していた。


「あの年齢であの技量、殺気。あと数年もすれば素晴らしい戦士に育つだろうな」

「そうっすか? 同じ年なら俺の方が強かったと思うけどなー」

「嫉妬か?」

「まさか。でも色んな意味で危険でしょ? 俺だってヴァルサスに出会ってなけりゃ、どんな人生を送っていたか。あの小僧は危険ですよ。あんなのがイェーガーにいるなんてね」

「アルフィリースが手綱をしっかり握っているのなら、危険はないさ」


 ルイははっきりと言い切ったが、レクサスの胸中には不吉な予感が渦巻いていた。あんな戦い方をする人間が、大人しく他人の言うことを聞くだろうかと思うのだ。レクサスが戦う理由は単純に金だった。そしてブラックホークという強者の中に入ることで、仲間を得ることに成功した。だがあの少年は仲間を仲間とも思ってない可能性があるし、戦うために戦っていると思えてしょうがない。死神と呼ばれた自分よりも、よほど冷え切った心の持ち主なのではないかとさえ思える。

 そしてほかにも、ヴァトルカとジェミャカがこの戦いを見ていた。


「ふ~ん? 人間にもマシなのがいるのね」

「マシ、というよりは、人間では最強の部類でしょう。気の応酬だけで死闘になるとは」

つがいになるかな?」


 ジェミャカの言葉に、ヴァトルカが呆れるようにため息をついた。


「あなたは食べることと戦うこと、そしてつがうことしか頭にないのですか?」

「えー、それが私たちの本分でしょう?」

「そうかもしれませんが、ちょっとは相手を選びなさい。どう見ても子どもでしょうに」

「私だって子どもだよう」

「見た目だけは」


 ふくれっ面をするジェミャカに、ヴァトルカが諭すように告げた。この二人、わずかにヴァトルカが年配ではあるが、ほぼ同世代の個体なのだ。ただ、『外』での稼働時間には違いがあるゆえ、見た目にこそ差があるが。

 そんな他愛ない話をする銀の一族の二人だったが、ジェミャカは小腹が減ったと買い食いに出かけた。本日5度目の買い食いに、


「腹が出ますよ」


 などとヴァトルカに諭されながら、ジェミャカがふらりと外に出た。シード選手の戦いは続いているが、おおよそどのような腕前なのかは一目見ればわかると、ジェミャカは言い切っていた。

 ヴァトルカはそれでも見物すると言ったが、そんな彼女に付き合う気はジェミャカにはなかった。ヴァトルカ、ジェミャカは世代が近いゆえに共に動くことが多いが、実際に気が合うわけではない。


「いかんせん真面目すぎるのよね~もうちょっと手を抜いてもどうせババアどもにはわかりゃしないでしょうに。里の中から命令するしか能がないんだから・・・あ、あれおいしそうね!」


 そうしてヴァトルカの忠告もむなしく、ひたすらに買い食いを続けるジェミャカ。五軒目に到達し、先に肉の串焼きにかぶりついたところで、支払うべきお金が尽きたことに気付く。


「あちゃ~」

「どうした、嬢ちゃん」

「ごめんねぇ、おっさん。オケラだわ」

「はぁ? ふざけてんのか」


 ジェミャカは素直に謝ったが、当然それでは店主は収まらない。


「食うもん食っといて払うものがありませんでした、じゃあおさまらねぇぞ、嬢ちゃん」

「うっさいわねぇ、じゃあどうしろってのよ。体で払えとでも言うつもり?」

「冗談よしやがれ、誰がそんなことするか。普通に巡回の騎士に突き出すだけだ。窃盗はアルネリアじゃ重罪だ。ガキじゃ鞭打ちはないだろうが、一ヶ月の奉仕活動は免れねぇぞ?」

「げっ」


 ヴァトルカから面倒は避けろと言われていたのだが、まさか無銭飲食でアルネリアに突き出される羽目になるとは。今からこの店主をやってしまうか、などと物騒なことを考えるジェミャカだが、さすがに人目が多すぎて無理だ。

 隙を見て騎士たちを打ちのめして逃げるしかないかと考えたが、その時意外な助けが入ったのだ。


「あー、すまないおっさん。彼女、俺の連れなんだ。勘弁しちゃあくれないかな?」

「ああん? じゃあ代金をテメェが払うってことか?」

「当然だ。ほらよ」


 突如割って入った少年が代金を放り投げた。店主はそれを数えると、笑顔で頷いた。


「ちょっと多くねぇか?」

「迷惑料だ。面倒にしないでくれりゃ言うことなしだ」

「へへっ、そういうことなら毎度あり」

「おい、行くぞ?」


 少年がジェミャカの手を引いて歩いて行く。ジェミャカは驚いてしばらく引く手のままに任せていたが、少年は店が見えなくなるとその手を放した。


「ふぅ、ここならいいだろ」

「・・・ねぇ、なんで助けたの?」


 ジェミャカは素直な質問をしたが、少年は呆れたように答えた。


「肉の串焼き程度で前科者になりたくないだろ? アルネリアは犯罪者に厳しい。前科がつくと戸籍にしっかり登録されて、働き口も狭まる。当然学校もだ。そんなことで人生棒に振りたいか?」

「あんたに関係ないじゃん。それとも何か下心あり?」

「馬鹿、騎士として男として、困った者がいたら助けるのは当然だ」


 少年が格好つけた言葉を吐いたので、ジェミャカはその顔を下から覗き込む。


「ふぅん? 本当にそれだけ?」

「・・・まぁ、可愛い子を助けるのは役得ではある」

「可愛い。私が?」


 ジェミャカは我が耳を疑ってぽかんとしたが、しばらくしてその少年の背をばんばんと叩いた。華奢な見た目に似合わず強い力に少年がむせる。


「げほっ、げほっ」

「素直でよろしい、少年。だが借りっぱなしは私も性に合わなくてねぇ。困った時に私の力を貸してあげることにしよう」

「いらねぇよ、何の役に立つってんだ」

「それとも体を貸す方がよいかしら?」

「もっといらん!」


 少年が顔を赤らめたので、しばしからかってやろうとジェミャカはわざとらしく腕を組んで、少年に連れ添った。


「ではしばし、恋人気分のデートなどはどうかな?」

「なんだそりゃあ?」

「よいではないか、よいではないか。ちなみに名は何と申す?」

「妙な言葉遣いだな・・・俺はラスカルだ。グローリアの学生で、周辺騎士団で見習いをしている」

「ほぅ、従騎士スクワイアなのね」


 ジェミャカはラスカルの瞳をじっとのぞき込む。特別な素養は感じないが、この少年も中々強くなりそうだ。ジェミャカはにんまりと微笑んだ。


「少し遊ぶには悪くない」

「なんだって?」

「こっちの話。じゃあ行くとしよう」

「どこに行くんだよ」

「あの店の揚げ菓子が旨そうね」

「まだ食べるのかよ! ってか、俺に払わせるつもりか、ちくしょうめ!」


 ラスカルはとんでもない少女を助けたものだと、自分の行いを悔いながらジェミャカに引きずられるようにして祭りを回ることになったのだった。



続く

次回投稿は、7/3(火)17:00です。通常の投稿に戻します。

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