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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その186~統一武術大会三回戦、レイヤーvsレーベンスタイン②~

「(姿を見ぬうちから、ここまで届く殺気とはな。殺気だけで相手の姿がわかるのは久しぶりだ)」


 まだ姿の見えぬレイヤーの容姿が手に取るようにわかる。レーベンスタインにそのような経験がないわけではないが、これほど濃密な殺気を戦場以外で向けられるのはいつ以来だろうか。

 レーベンスタインをもってしても、肌が粟立つのを否定できなかった。


「(少々戦い方を心得ている少年を相手にするつもりでいたが、とんだ猛獣のようだ。統一武術大会は諸国の威信、あるいは個人の意地をかけた戦いであることがほとんどだが、最近少し行儀のよい者が増えすぎた気はしていたのだ。たまにはこういう趣向も悪くないだろう)」


 レーベンスタインもまた命のやりとりをする心構えで競技場に向かった。そして段上に登った瞬間、二人の動きはぴたりと止まったのだ。

 二人の姿は段上に上がったばかり。だがその場から二人は身じろぎもしなかった。まだ戦いの前の説明もしていない。突如として歩みを止めた二人を、審判が促した。


「どうした、二人とも? 前へ!」


 だがレイヤーもレーベンスタインも動きはしない。そうして止まること十数呼吸。審判が戸惑いながらもレイヤーの方に歩み寄ろうとして、レイヤーが突然大きく息を吐いた。そして突如として、


「棄権します」


 とだけ告げると、深い礼をレーベンスタインに向け、その場を未練なく去って行った。その行いに会場中からどよめきと、レイヤーに対する非難がそこかしこから飛んだ。賭けの金を返せ、臆病者だと呼ばわりする声も多数聞こえたが、レイヤーはそれら全てを意に介さずに颯爽と引き返した。

 その時、レイヤーの表情に安堵と悔しさがないまぜになった笑みがあったことなど、本人ですら気づかなかったろう。

 そしてレーベンスタインは段上で勝者の祝福を受けていたが、その腕を掴んであげた審判はレーベンスタインが去った後、自らの掌が濡れていることに気付いた。


「・・・汗?」


 戦ってもいないレーベンスタインの肌着が汗でじっとりと湿っており、レーベンスタインその人の表情も青白いことに気付いたのは、次の試合のために控えているディオーレくらいであろうか。本日は平和会議の昼の休憩に合わせて、シードの8人全ての試合が組まれていた。当然後ろには、ディオーレだけでなくルイやロッハもいる。

 ディオーレはレーベンスタインを迎えると、真剣な表情で問いかけた。


「どこまでやられた?」

「・・・腕一本は確実に」


 レーベンスタインがディオーレにしか聞こえない声で呟いた。レーベンスタインの肌には傷一つついてはいない。だが痛みがあるかのように、レーベンスタインは左腕を押さえていた。


「何度戦ったのか」

「少なくとも、百度。途中からは必至過ぎて、私も回数がわかりませんでした」


 レイヤーとレーベンスタインはただ立っていただけではない。彼らは互いの気と殺気だけで、幾度となく勝負を行った。結果、打つ手のなくなったレイヤーは敗北を認め、棄権したのである。

 この戦いの価値を分かった者が、会場に何人いたのか。もちろんシードの8人は全員がわかっていたので、彼らは全員が自分の準備の手を止め、試合を見るために会場側に顔を出していた。少し緊張した雰囲気が漂っているのも、先ほどの試合の影響だろう。

 ディオーレはその雰囲気を好ましいと思っているのか、微笑みながらレーベンスタインと話していた。


「百以上か。あの少年は相当な気概の持ち主だな。普通は数回で気力が尽きて倒れるのだが」

「ええ、この試合に期するものがあったのでしょう。対する私はそれほどでもなかった。覚悟の差が不意打ちになった。勝ちはしましたが、学んだのは彼の方だ。良い修行相手にされてしまった」

「大陸一の騎士を相手に修行か。なるほど、それは十数年の研鑽に匹敵するな」


 ディオーレがくすりと笑うと、次の試合に向けて歩み始めた。レーベンスタインが背後から呼び止める。


「私は老いましたかな?」

「どうだろうな。私からすれば、ちょっと毛の生え変わった小僧にしか見えんがね。剣の腕前だけは可愛くなくなったが。最強の座に座って20数年、そろそろ追い抜かれることも覚えたらどうだ?」

「貴女は追い抜かれたので?」

「そんな者がいればとうに引退している。魔術や搦め手も含めて、私を上回ると確信できる者はまだいない・・・いや、一人候補がいたが手を離れてしまった」


 ディオーレの考える相手に心当たりがあったのか、レーベンスタインは少し頷いた。


「例の若者ですか。彼が出ているのなら、当然本気ということですかな?」

「まぁ、試すとしたらこの大会だろうな。それまでは負けるつもりはないよ」

「これは怖い、アレクサンドリアの精霊騎士が本気だとは。私もうかうかしてはいられませんな」

「互いに足元をすくわれないようにせねばな。この大会、相当の強者が揃っている。我々とてそう簡単には勝ち進めんさ」


 ディオーレはそう言いながら、油断なく次の相手を見据えて前に進んだ。



続く

次回投稿は、7/1(日)17:00です。

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