戦争と平和、その185~統一武術大会三回戦、レイヤーvsレーベンスタイン①~
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「―――ヤー」
「・・・」
「レイヤーってば!」
「うわっ?」
ユーティの声で我に返るレイヤー。どうやら集中しすぎて、ユーティに水をかけられるまで気付かなかったらしい。
レイヤーは顔面にかけられた水を拭いながら、ここまで思考に没頭したのはいつ以来だろうかと苦笑した。集中力はある、体調も万全だ。だがいかんせん、入れ込み過ぎたようだ。これも多くある中の一つの戦いに過ぎないのに、とレイヤーは思い直して席を立った。
そのレイヤーはユーティが心配そうにのぞき込む。
「激励に来たんだけど・・・」
「ああ、心配いらないよ。精一杯やってみるだけさ」
「そうじゃなくて・・・」
ユーティが何事かを言おうとしたが、その言葉は既にレイヤーの耳には入らなかった。レイヤーは思い直しつつも、やはり尋常ではない集中力で試合に臨んでいたのだ。
時刻は太陽が中天にさしかかる真昼。平和会議が休憩に入る時間に合わせて組まれた試合にレイヤーは臨む。相手は今大会第一シード、大陸に二人しかいないマスターの資格を持ち、その人柄と実力から大陸最高の騎士との呼び声高いレーベンスタイン。今大会、途中で棄権を考えていたレイヤーがここまで勝ち進んだ理由。
大陸最高の騎士は、自分に足らないものを持っているのか。戦えば何かわかることがあるのか。レイヤーのその疑問の答えを探すべく、レーベンスタインとの真剣勝負を望んだ。
ひょっとしたら、かの好漢は不意に訪ねて行ってもレイヤーの疑問に答えてくれたかもしれない。あるいは共に悩んでくれたのかもしれない。だがレイヤーは全ての答えを戦いで得ることを望んでいた。その手段が正しいかそうでないかはさておき、レイヤーはそうしたいと考えたのだ。
自らがこれほど強い望みを持つことにレイヤーは少々驚きながら、今は迷いを振り切っていた。昨日ゼホに勝ってから、この戦いが楽しみでしょうがないのだ。今は雑念どころか観客の声や周囲の競技者の存在すらすべて消え、ただ己を高めながら戦いを待つだけだった。
レイヤーの一つ前の試合が終わり、係員がレイヤーに声をかけようと歩み寄ろうとした。だがその前にレイヤーが立ち上がり、自ら歩みを進める。係員はレイヤーに声をかける機会を逸してしまい、その手が宙をかく。
「あ、レイヤー殿。試合――」
「わかっているさ。相手が待っているのが見えるから」
相手の姿はここからでは見えぬと言うのに、何を言っているのかと係員が訝しむ。だがレイヤーはそんなことはおかまいなしに、係員の合図も待たずに競技場に出て行った。レイヤーの研ぎ澄まされた感覚は、既に対側にいるレーベンスタインの姿を捉えている。
そのレイヤーの背を、ユーティはその場に浮かんでただ茫然と見送っていた。本当は声をかけたかったのはエルシアだったのだが、エルシアが躊躇していたので代わりにレイヤーに声をかけたのだ。だがユーティは軽い気持ちで行ったその行為を後悔していた。
レイヤーの雰囲気がいつもと違うことを察したエルシアは、控室に入ることを止めていた。レイヤーに声をかけがたい雰囲気だと察したからだが、その点空気を読めないユーティが羨ましくもあり、ユーティに思わずレイヤーのことを訪ねてしまったのだ。
「どうだった、レイヤー?」
「・・・声かけるんじゃなかった」
「どうして?」
「レイヤー、怖いよ」
「へっ?」
エルシアもユーティも、レイヤーの本質を知らない。ユーティにとってレイヤーとは当初、エルシアについて回る気の弱い少年だとばかり思っていた。剣を振るうとは知っていたが、それも手習い程度だと考えていた。それがここまで勝ち上がるなんて、緊張で震えているはずだと思って一つからかいもすれば緊張もほぐれるだろうと考えていた。
だが違った。ユーティが見たレイヤーの顔は、歓喜に震えていた。だがそれは明るく前を向く者の表情ではない。もっと仄暗い感情、人には言えない負の感情をぶつける対象を見つけた時の笑いに見えた。
その残酷な表情をエルシアが見なかったことが、せめてもの救いだとユーティは思う。ユーティの知る限り、あのような表情をするのは他人を楽しみながら斬れる性の持ち主だけだ。
そしてレイヤーと相対するレーベンスタインもまた、競技場に出る前に異変を感じていた。
続く
次回投稿は、6/30(土)17:00です。