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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その183~会議七日目、昼⑦~

「都、どうしました?」

「詩乃様・・・この結界きっついです」

「きつい?」

「音も光の遮断するのは完璧ですけど、空気の移動すらも遮断します。危うく呼吸が止まるところでした」


 都の余裕のない態度を見る限り、酸欠で気絶する一歩手前だったのだろう。結界を長時間張っていたことを考えると、都でなければとうに気絶していただろう。結界は動けぬ者を運べない。都が気絶していれば全てがばれていたところだった。

 詩乃は都に肩を貸すと、部屋の外に連れ出そうとうした。浄儀白楽が問いただす。

 

「どこに行く?」

「念のためアルネリアの救護班に見せてきます。これで私たちの扱いも正式な使節となりました。無碍な対応はされないでしょう」

「そうだな。明日はその女に働いてもらわねばならん。万全の体調に戻しておけ」


 浄儀白楽の言葉に軽く礼をすると、詩乃と都は部屋を出た。そこで詩乃の表情がすうっと冷徹に切り替わる。そして宿を出たところで、再度都が呟いた。


「大丈夫ですよ、これくらいでくたばったりしませんって」

「当然だわ。我々の目的、何より『私の』目的のためにはあなたに死んでもらっては困るのだから」

「桜花は来てないので?」

「桜花は正直に過ぎますからね、隠密行動にはどのみち向かないでしょう」

「ははっ、桜花はあんなに忠実なのに信用がない」

「信用はしているわ。このうえなく善人だもの、私たちと違って」


 詩乃の言葉に、都がぼそりと反論した。


「・・・私から言わせていただければ、詩乃様も十分に善人ですけどね」

「何か言った?」

「いいえ、なーんにも」


 都は苦笑しながら、詩乃の肩に身を預けて歩いていた。いつか泣きじゃくる詩乃の肩を支えて歩いたことが、遥か昔のように感じられる。


***


「お嬢さん、ここで本当にいいのかい?」

「――」


 御者台にいた商人が幌の中に声をかけたが、返事にもならないような小さな声が返ってきただけだった。男はアルネリアの400周年祭に向けて食糧やら物資を運ぶ多数の商人の中の一人だった。聖都アルネリアは大陸でも有数の豊かな都市で、アルネリア教会は同時に大陸で最も権力と富を有する集団でもある。商人はこの400周年祭を大きな転機と考えていた。

 証人は小規模の物資運搬を手掛けて20数年になる。一攫千金を狙うでもなく、堅実な商売をすることでそれなりに名が通り、大都市よりも小さな村や町を巡ることの多い日々だった。慎重な性格のためコツコツと財を成してきたが、同時に面白みもないとどこかで感じていた。だが病弱な母を里に残したまま大きな商売に手を付けるわけにもいかず、気が付けば既に齢40を数えていた。

 その商人の母も前年亡くなり、商人は勝負に出ることにした。今までの財をはたき、人を雇い、アルネリアへ運び込まれる物資輸送に名乗りを上げた。アルネリアは商売相手として面白みがあるわけではないが、今回の400周年祭に向け彼らが財の出し惜しみをするつもりはないこともわかっていた。物資の質と種類にもよるだろうが、損をすることはまずないことはわかりきっていた。

 ここで財産をさらに増やし、大きな商売に手を付ける。そんな野望を抱いて商人は輸送に精を出した。人員を制限しての輸送は体力的に厳しかったが、事実この1年で儲けは倍に膨らみ、大陸平和会議の終了までには目標を大きく上回る金額を手にすることになった。

 そんな折である、道端で傭兵崩れのならず者たちに襲われかけている女性を目にしたのは。商人は直感で無視を決め込んだ方がよいことはわかっていたが、見過ごせるほどの悪人でもなかった。幸いにして商隊警護の傭兵たちの数はこちらが上だった。商人は野盗を追い払い、女性を救出した。

 アルネリアの周辺騎士団も巡回を強化してはいるが、今回アルネリアに集まる人も財も普通ではない規模だ。どれほど追い払おうと、このようなならず者はキリなく出現する。女が一人で街道を歩くことがどんなに危険か、商人はそんなことも知らないのかと助けた女性を叱責しようとして声を失った。


「――美しい」


 商人の第一声は賛辞だった。いや、声を絞り出したのが商人だったというだけで、他の者も同じ気持ちだったに違いない。警護の傭兵の中には持っている剣を落とした者もいる。後でわかったことだが、女性に襲い掛かっていたのは野盗の集団などではなく、アルネリアに向かう女性を警護を申し出て諍いを起こした者たちの集まりだった。

 だがその者らの気持ちも理解できると商人は頭の中で考えながら、邪な考えを打ち払うように首を振った。


「どちらに向かわれるので?」

「――」


 女性はゆっくりとアルネリアの方を指差しただけで、ろくに会話すらもしなかった。警護の傭兵たちが照れくさそうにあれこれと話しかけるのだが、時に微笑むだけで女性は返事もろくに返さない。だが時に微笑むその笑顔を見たくて、男たちは頼まれもせず女性に食事を差し出し、花を贈り、愛の言葉を競うように紡ぎだした。

 それは滑稽で穏やかな時間だったが、女性は何も話さず、ただ静かに幌で覆われた荷馬車に座って流れゆく風景を眺めていた。



続く

次回投稿は、6/25(月)17:00です。

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