戦争と平和、その182~会議七日目、昼⑥~
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一方、部屋を出ていった討魔協会の一行は――
「・・・もうよいでしょう。監視の目は消えたかと」
「ふむ、慎重だな。詩乃よ」
「音や気配は私の方術で遮断できても、唇を読まれてはどうしようもありませんから。念には念を入れた方がいいでしょう」
「臆病ねぇ。妾にはわからない感覚だわ」
会議場を出てから宿に戻り、詩乃が周囲に張っていた結界を解く。気配、音、それらを遮断できる詩乃の方術があってこその、彼らのアルネリア潜入だった。千里眼を持つシュテルヴェーゼを欺けるかどうかは賭けだったが、彼らは見事その賭けに勝利していた。千里眼といえど、数か所を同時に見ることはできない。先のアノルン大司教殺害未遂など、大きな事件を引き起こしておけばその隙を突くことは可能だと考えていた。
この能力があるからこそ浄儀白楽は詩乃を傍に置いているし、ブラディマリアも詩乃を害さない。ブラディマリアにしてみれば戦いを避けるような能力は今まで必要としてこなかったため、詩乃のような能力を持つ仲間は誰もいない。いかにブラディマリアとて、シュテルヴェーゼを無傷で退けられるとは微塵も思っていない。相対するにしても、それなりに場を整えてから戦うべきだとは考えている。
ブラディマリアは緊張を解き、子どもの姿に幻身するとベッドにどさりと転がり盛大にため息をついた。魔力を抑えてしばらくこちらの姿でいるうちに、すっかり慣れてしまったようだ。
「あ~あ、面倒だなぁ~。カラミティ一人殺すのに、こんな段取りをしないといけないなんて。どうせみんな殺すんだから、今やっちゃえばいいのに」
「そのカラミティの本体は見分けがつかぬから、策を弄する必要があると言ったのは貴様だが?」
浄儀白楽の指摘に、ふくれっ面をするブラディマリア。
「だってぇ、最初はローマンズランドの使節団の中に本体がいると思ったのよ? だけどよく考えると、本体は相当巨大なんだから本体がのこのこやってくるはずがないのね。どうなっているかは知らないけど、体はローマンズランドで、意識を移植した人間がこっちに来ているんじゃないかと思うの。
仮に意識の方を倒したとして、本体が無事なら? もし本体の方が暴走したら、それこそ手が付けられない。増殖と侵食を繰り返して、ローマンズランドの周辺にたどり着く頃には手に負えない状況のはずよ。
八重の森はカラミティにとって結界であると同時に、自らを律する檻でもある。檻がなければ倒すことは可能でも、凄まじい手間と損害がかかるわ。増えて侵食し続けるカラミティを殺しす尽すのに、何十年かかるかしらね」
「そんなにか」
「そんなによ。この大陸の半分を粉々にしてもいいのなら今すぐやりますけどね。それでは意味がないのでしょう? 私だって、残骸の上に君臨するつもりはないし。
それにしても策を弄するのは、やってみると面倒なものねぇ」
「ブラディマリア殿は面倒事は横において、ぱーっと派手にやりたいのですものね」
詩乃がくすりと笑った。いかに詩乃に利用価値があるとはいえ、ブラディマリアに笑顔で話しかけられるとは相当に肝が据わっていると浄儀白楽も感心する。
ブラディマリアとしても恐れを抱かぬ詩乃を珍しく思うのか、最近では愛でている様子すら見受けられた。
「そうそう! 詩乃はわかってくれる?」
「私には絶対的強者の気持ちは測り兼ねる部分もありますが、ブラディマリア殿のお考えは単純明快なのである程度は」
「何よそれ、馬鹿だって言いたいの?」
「いえいえ、剛毅だと言いたいのです。物事は単純な方が愛でやすいですから」
詩乃の返答を気に入ったのか、ブラディマリアが詩乃に抱き着くと、詩乃はやや遠慮がちに体を引いた。ブラディマリアがその気なら簡単に人間の体など引きちぎれる。詩乃の能力ありきの自分の存在の隠遁なのでさすがにそんなことはしないだろうが。わかっていても詩乃は身を固くしてしまう。
だがその畏れもブラディマリアには心地良いのだろう。とりあえず、詩乃のありようは丁度ブラディマリアにとって不快でない部分にすっぽりと納まっているようだった。
そして詩乃の能力が役立つことがわかった段階で、彼らの計画は次に進むことになる。
「では詩乃、例の計画だが」
「はい、これで実行に移せそうです。現実問題、我々の隣にもう一人いたことには誰も気付かなかったようなので」
「うむ。もうよいのではないか?」
「ええ、そうですね」
詩乃が結界をさらに解くと、隣には詩乃の護衛である式部都がいた。詩乃の護衛の一人ではあるが、常に傍で日常の世話までする東雲桜花とは違い、単騎で任務を受けることも多い都。間諜のような役割の元締めも兼ねるが、会議の最中ずっと隣にいたことすら、詩乃の二重の結界と都の能力そのもので誰にも気づかれることなく侍ることに成功していた。
通常なら笑顔で詩乃をいじめたりする都だが、結果から出てきたその顔は青ざめていた。その様子に違和感を覚えた詩乃が問いかける。
続く
次回投稿は、6/23(土)18:00です。